綺麗な絵が、盗んだ絵の具で描かれていたら美しいか?また、どんな前提を足せば、あなたはその絵を美しいと納得するか?

Sasha
盗まれた人の絵の具が無ければ
絵は仕上がらなかった
盗まれた人へお金が回るように
この一言で絵の価値を上げる
美しさとは
絵の具泥棒のような狡賢さ
に汚染されない持ち主の心
と納得する

セナ
自分はそう言ったストーリーが加わると絵画の背景が加わって立体的に感じ取れるから好き。
自分は絵画に対する評価は誰がどこでいつ、どうやって描いたかとかの条件抜きで
キャンバスに書かれた絵だけで評価されるべきだと思うから、前提はあまり関係なく琴線にふれたら、かな。

世紀末覇者ラ王
違う現象を、同じ構造として思考実験してみると、
隣の畑から盗んだトマト(盗んだ絵の具)で、料理人(作者)が冷製トマトパスタ(絵)を300円で販売していました。
その料理はとても美味しく、ミシュランレベル(作品としての美しさ・完成度)でした。
しかし、使われているトマトは盗品です。
では、どんな理由があっても「盗みは罪だ」とする一方で、その罪を伴って成立した作品を「美しい」と評価できるのはなぜなのか?
私はこのお題を、そのように解釈しました。
私の回答としては、作品には作品として素晴らしい技術や美しさがある。
しかし、その作品や作者の背景を知ることで、人はその行為まで美化して評価してしまうことがあるのではないか、と思いました。
そこで、もしその作品が一般的な水準以下だった場合でも、同じ背景・同じ文脈によって、その罪を同じように肯定的に評価するだろうか?と考えました。
人間の倫理的評価は、行為そのものだけではなく、結果や背景、文脈によって左右されることがある、と私は考えました。

🍊🍊🍊

あい

ワンコおじさん
そうして穢れたまま世界を作り続けてきたんだ、そのなれの果てがこの有り様。「美」なんでその程度の曖昧なものに過ぎないよ。
以上に基づいて、後半の問、「何を足せば」の件。そもそも綺麗な絵なんだから、何を足しても足さなかったとしても、前提として「綺麗」。足してもただ余計なだけだし、蛇足だね。

とくげん
全てにはストーリーがあり、それを真とするのが一般的な考えだとも思う。
「別に素晴らしいものは素晴らしいに変わり無い」と言う人が多い気がするが、私にとってそれは偽だ。
「美しい」と思うのならば「やむを得なかった」という前提が必要であると考える。

風の音
後にそれが某作品のパクリだったり、AIに作詞作曲を任せていたことが判明したとしたら…
逆に、それらのパクリと知ってて、あえてその作品を観たり聴いたりしたら…
「感情」と「理性」のバランスとはそういうことで、バランス感覚は人によって違うし、理性の容認力も違うため、回答は人それぞれになることでしょうね[笑う]
死刑囚が書いた手記やアートを絶賛する人もいますしね。
「うまければ盗んだ絵の具で書いても許される」ことはないですが(犯罪構成要件)、それを観て感動した自分を責める必要もありません。
俺の場合、知ってたとしてその作品を観た場合、上手ければうまいと思うな

サリンジャー
でもおじいさんがその少しの絵の具を発明して間もなく亡くなり、悪い人達が持ち去り、名声を手にした。彼はおじいさんの心を取り戻す為に静かに立ち上がるのだった、、、
つづく(´ω`)

もふか
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