綺麗な絵が、盗んだ絵の具で描かれていたら美しいか?また、どんな前提を足せば、あなたはその絵を美しいと納得するか?

tetra

風の音
後にそれが某作品のパクリだったり、AIに作詞作曲を任せていたことが判明したとしたら…
逆に、それらのパクリと知ってて、あえてその作品を観たり聴いたりしたら…
「感情」と「理性」のバランスとはそういうことで、バランス感覚は人によって違うし、理性の容認力も違うため、回答は人それぞれになることでしょうね[笑う]
死刑囚が書いた手記やアートを絶賛する人もいますしね。
「うまければ盗んだ絵の具で書いても許される」ことはないですが(犯罪構成要件)、それを観て感動した自分を責める必要もありません。
俺の場合、知ってたとしてその作品を観た場合、上手ければうまいと思うな
kaede
盗んだ絵の具かどうかは関係しない。
同じ絵は二度と描けないけれど
絵の具はいくらでも同じ物を買って返せるし
大した問題じゃない。

パン

のきえ
既に和解した(償った)
圧政のもと貧困層が革命を名目に描いた
そういう背景も込みで評価され、美しいと言われているというレッテルを貼る
とかですかね
盗んだという罪に対して何しかしらの美談を付すか、償ったという事実(レッテル)があれば観賞者は気にしないかと
そもそも芸術は理解できなくても高尚な説明があれば誤魔化せる場合もありますし、芸術の主観的な評価はそれこそその芸術の本質とは無関係に生まれるので、言い訳と建前があれば何でもいいのです

もふか

律
絵そのものの価値は区別されるべきである
盗まれた服を着た人間の価値は
一生その価値に縛られ続けるのだろうか
その服を直接盗んだかどうかは分からないのに
それでもその服を着た人間には価値がない
そう言い切れるのだろうか
存在の価値とは存在によって区別するべきである

ギゼン

セナ
自分はそう言ったストーリーが加わると絵画の背景が加わって立体的に感じ取れるから好き。
自分は絵画に対する評価は誰がどこでいつ、どうやって描いたかとかの条件抜きで
キャンバスに書かれた絵だけで評価されるべきだと思うから、前提はあまり関係なく琴線にふれたら、かな。

Sasha
盗まれた人の絵の具が無ければ
絵は仕上がらなかった
盗まれた人へお金が回るように
この一言で絵の価値を上げる
美しさとは
絵の具泥棒のような狡賢さ
に汚染されない持ち主の心
と納得する
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