もし明日世界が滅亡するとしたら、今日を生きることや何かを行うことに意味や価値があるでしょうか?
多くの場合、意味や価値について考える時には、それが世界に残ることが前提されているように思われます。
では、もし世界が滅亡してしまうならば、どうでしょうか。そしてもし世界が滅びるときに、草木や人間といった具体的なものだけでなく、意味や価値といった抽象的なものすらも滅びて消滅してしまうならば、滅亡前日に何かをすることに意味や価値はあるのでしょうか?
もしくは、それでも残るものはあるのでしょうか?
皆さんのお考えを、お聞かせください。

はー
数学にゼロという概念が必要なように、無に価値を持たせることが出来れば明日無に帰っても今日の出来事に価値が生まれるのかも

魔将軍ザンニン

だいきち
chiaki

ラスカル

〆さば
いや、生きている時点で生きようとしているのかな?なら意味はありそう。
逆に死ぬことの意味が無くなりそう。
たれぱん
つまり、今日の価値が爆上がり。
とすれば、1秒でも無駄にしたくない。
やりたい事をやり切って、残された時間を有意義に過ごす。
それは、明日終わらなくても変わらない。
1秒だって無駄に出来ない。

ねむ
とても大きな『世界』の中では、ただの元素の移り変わりや反応であり……我々が行うことや感じることはすべて些事なのだと思います。
ただ、私の世界という、とてもとても小さな世界の中ではとても大事なことです。
私という個の意識が生まれて消えるまで、何を為すかどう生きるか、私にとってだけはとても意義深いのと感じます。

みつたま
いまに意味と価値があるなら有りますし、無いなら無いのではと思いました
しん


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