もし明日世界が滅亡するとしたら、今日を生きることや何かを行うことに意味や価値があるでしょうか?
多くの場合、意味や価値について考える時には、それが世界に残ることが前提されているように思われます。
では、もし世界が滅亡してしまうならば、どうでしょうか。そしてもし世界が滅びるときに、草木や人間といった具体的なものだけでなく、意味や価値といった抽象的なものすらも滅びて消滅してしまうならば、滅亡前日に何かをすることに意味や価値はあるのでしょうか?
もしくは、それでも残るものはあるのでしょうか?
皆さんのお考えを、お聞かせください。

フレム・チェンバース
よのなか なるようにしか ならんのだ じぶんの できる ことを まいにち せいいっぱい やる それが ようせいに かぎらず すべての いきとし いけるものの せいかいだと あたしは おもうんだ

SUZUME
その前日に終わりや結末を
自分の今までの人生で
培ってきた今の全てを形として示し、
納得のいく美学に昇華させ
『自分の悔いなき世界を完結』
させる事、
それは世界で唯一
自分にしかできないという事に
意味があると考えます。
ティリル
好きな事できるんだから。

jwB
世界が明日滅亡するとして後悔はないか
生きる理由は持って生きてきたか
これが生きる意味理由です
まずは生きる理由を考え答えを見つける
まだ道の途中

tetra
今日を含め人類の過去は消え失せる。
宇宙の歴史があるのなら(人類を超越した神が観ているのなら)一つの歴史にでしかない。

〆さば
いや、生きている時点で生きようとしているのかな?なら意味はありそう。
逆に死ぬことの意味が無くなりそう。

はるな

dagdag56
たれぱん
つまり、今日の価値が爆上がり。
とすれば、1秒でも無駄にしたくない。
やりたい事をやり切って、残された時間を有意義に過ごす。
それは、明日終わらなくても変わらない。
1秒だって無駄に出来ない。
しん


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