哲学と宗教を分ける明確な基準はある?
カトリックは時代に合わせて教義を変化させている。仏教も多数の宗派があり、認識論を含む知識の集積がある。新プラトン主義には魂の救済、儀礼など宗教的な要素もある。哲学が科学でないなら、哲学と宗教を分ける明確な基準はあるのか?

モリシ
宗教は唯一の真理とされるものを与える存在である。
哲学は問いのみを与えるものである。
たとえば、宗教なら、何でもかんでも神の仕業として説明する。
哲学では、我々は何も知らないという前提に立って改めてあれこれ答えが出そうにないことを考えることから始める。

TERU
壺や水晶を売るのは何か如何わしい。
それに対して哲学とは学問です。

choco
インチキな宗教には、哲学は無いけど……本物の宗教には、本物の哲学があると思う✨✨
例えば、科学的に見ても、本物の宗教の考え方は、科学が進んでいくにつれ、その真実が、宗教経典に書かれていることと肉薄していくような気がする……🤔✨✨
法華経というお経に書かれていることによると、今は末法という世の中で、何が本物で何が嘘かわからない混乱した世の中であるという✨
じぶんで、とことん考えて、確認していかなければいけない……世の中のすべてのことがそうだけど、誰かが言ったことに踊らされてはいけないと思う🤔✨✨
必ず自分で確認していかなければいけないと思う✨

ふー
宗教は神がいる、祈る、教会のような建物がある、宗教による戦争があった、聖典のようなものに順ずる。
哲学は思考的、学問的。
わかりにくい部分は
似たような救済的な考え
禅は哲学よりなものと思われます。

まはひわ
哲学は己に従う

ジルベルトゆうき

ノゾ
哲学者の書物にしばしば「吟味」と邦訳される言葉が使われるように、物事の正解を規定せず常に思考を留めないことが学問たる条件にも思えて、それこそが信仰と哲学を明確に分かつ姿勢に見える。
「第三者による反論」の許容を学問と信仰とにわけたオクジーくんの言葉も、とても頷ける。
でもどんな信仰も、許容するかどうかにかかわらず、結局は現実や科学によって否応なく反論を突きつけられてしまう定めにあって、実はこの線引きにはあまり意味がない。
また哲学は、ほんの少し思索を進めると、わりとすぐに神的な領域に足を浸すことになるくらい、宗教の波打ち際に近いところにある。
無限や始原、生命や宇宙の本質、魂の正体、善、はるか先の時空を論理的に考えてみれば、すぐ隣に宗教がいることに気づくはず。
宗教もまた、内側に科学や哲学を抱えてる。
ぱっと思いつく範囲でも、例えばバガヴァッド・ギーターはヒンドゥー教の聖典だけれど、哲学の文脈でも読まれる。


wingman

ノモ
人の芯を作るのが宗教。

♾️ICHI♾️
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