1+1=2これは抽象か現実か
1+1が2だと捉えられると困ることなんて現実に起こっている
ならばこれは正確には抽象だと言える
1+1=2、これが正しいものとして世界は問題なく回っている
ならばこれは紛れもない現実だと言える
まあ正直なところもっとも近い表現は
抽象的な概念を現実でも扱えるように体現したものといった感じはするね

フレム・チェンバース
( ͜🍎 ・ω・) ͜🍎 → 🍎🍎

なぎ
1個のリンゴと1個のリンゴを足して2個
これは「現実」です
1人の人と1人の人を足して2人
これもやっぱり現実です
でもこれらに共通する構造だけを抽出した「1+1=2」という形は抽象そのもの
「抽象≒一般化」です

おふみちゃん
"1"の定義や自我の有無によるんじゃないかな。

風の音
・進数により答えは10や||という回答になる可変性
・アマゾンにすむピダハン族は、ものを数えないため、「1、2」という数字の言葉や「+-」などの計算の“概念”を持っていないこと
これらのことから「1+1=2」というお題の答えは、「3進数以上の計算式である」としかわかりません。
これらのことから「1+1=2」という記号は、計算のための抽象である、というのが私の回答です。
現実か迷うのは、“ものを数える”という現実的なシチュエーションにおいて、その計算式(大抵は10進数)を“利用”しているからで、現実に「2」という計算結果の“概念”を期待してしまうため不都合や混乱を来す可能性があります。
↓
リンゴをもうひとつおくと「2個」、粘度をくっくけると見た目1個(ただし大きさは2つ分に増える)、“2人で作業をすると実質的に2人分以上の作業が出来る(あるいは新人と2人だとむしろ1人分も仕事ができなかったり[笑う][笑])”という「概念と違う現実」は多々あります。

あすか
ソマリ
何かを定義しないと基準は出来ません。
僕がやっていた世界はppm(笑100万分立)とか、ppb、pptとか(笑もっと下のw)だったので♪
1+1が抽象的なら、僕が見てきた物は不確かな物になってしまいますw

八咫烏
例えば、相性の悪い夫婦が合わせて2人分、充実しているかと言えば、抽象的にはむしろマイナス感は否めない、かも。

くま
しかし、その抽象が成立する現象は現実に存在します。
では、なぜ人間が作った抽象的な数学が現実世界にこれほど当てはまるのか、と考え始めると数学哲学の底なし沼に入ってしまいます(笑)。
なので一般的には、「1+1=2は抽象、それが成立する現象は現実にある」くらいにしておくのが良いと思います。
たれぱん
例えば、、、
買い物をするとき。
リンゴ1個+リンゴ1個=リンゴ2個です。これは現実であり、普段の生活を円滑にするためのルールでもあります。
料理をするとき。
大さじ1杯+大さじ1杯 = 大さじ2杯?
私は恐らく大さじ2杯分を2回に分けるとすり切り1杯にしてないので、2.2杯くらいになっていると思います。
キッチリしている人は「1+1=2」が成り立つかもしれません。私の場合は少し多くなり、味付けが濃ゆ目になるかな。
この場合、料理をする人の性格によって結果がバラつくので「1+1=2」は抽象かな。

コーユー
そもそも、抽象の反対は具体であり、現実の反対は虚構です。この時点で「抽象か現実か」は本来二項対立ではありません。
1+1=2は、リンゴや石、人など様々な対象に適用できるので抽象です。一方で、その関係は現実世界を正確に記述できているので現実とも言えます。
なので私としては、1+1=2は「現実を正確に記述した抽象」と捉えています。
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