哲学を超えるのは何か

ハリハリー

ワンコおじさん
世界の真実を哲かにするのが哲学であり、であるならば個人には到底それを越えることなどでき得るはずもない。その答えである世界そのものこそそれを唯一越え得る。世界が哲学を越えたとき、そこに新たな設問が生まれる

ほかほかごはん

くぼやん

んちゃ
言語の限界を超越した真の言語や論理。世界や人間の真の本質を事実として受け入れられるもの。
目に見えない神の存在が存在すると、神自身が述べたもの。また、神自身に自分がなった時、境界の外側を指し示すことと境界の外側に立つことの区別が必要です。
肉体は置き去りにしても意識さえその世界に存在すれば、哲学を超えた世界を知ることができると思います。当たり前を疑い、物事の根本や「生きる意味」について自分の頭でとことん考えることが哲学です。これをせずとも本質やその実体を知れるのであれば、それは哲学を放棄することになりますので哲学を超えるのは哲学を放棄した時であり、超えたものの先には何もありません。何もないという意図は「哲学からはもう語れない」という認識論的主張の方です。
仮に本質や実体を知ったからといって放棄せず、哲学するのであれば、それは哲学なので哲学を超えることを想像する事はできません。

興味
ただしこれは、およそある思考方法、体系がすべからく「哲学の対象となる」という意味であって、「哲学が包含する」という意味での主張です。

たくひら

くま

jwB

アストラ
万学の基盤ですよ
神学も哲学の下では?
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