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論理と感情をなぜ切り離せない?/どう切り離す?

私自身というよりは、SNSのほか実生活で見ていて気になったのがあります。 意思決定の文脈でよく「論理的には理解したが、感情的には理解してない」とあるように、人間が意思決定するに当たって論理的に妥当か、モチベーションが担保されるか、のような2変数としても扱われます。 (極端ですが、ときにロジックとして/客観的にどうかというよりも感情が優先されることがあったり、逆に感情は無視して杓子定規にどうか、で判断されることもあります。) もちろん人それぞれだとは思いますが、(たとてば議論の場とかで)どちらに重きが寄るか、なぜ偏ってしまうかについてご意見伺いたいです。 一般論とするか特定の場面を意識するか、主観的に/客観的に見るなど、前提は答えやすいように任意として結構です!
🇨🇽nano㌨

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【結論】
守りたいものの優先度だと思います。

【仮説】
説明では敢えて、論理は正しさと切り離すことにします。

①正しさ→論理
②守りたいもの→自分、恋人、家族、価値観、時間、利益、財産、その他

【解説】
私たちはこれを天秤にかけています。
例えば、守りたいものが正しさであれば、どんな事象が相手でも論理が勝ります。しかし、守りたいものが勝るときは、論理を超えて感情が優先されやすいです。多くはその守りたいものが何なのかという衝突です。特に②同士となると例えば人を守りたい、利益を守りたい等の価値観で衝突します。これは定義から感情vs感情を論理の議題として設置しているため、切り離せません。
切り離すのであれば、①の正しさを優先するしかないと思います。
哲学哲学
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伯爵

伯爵

昔読んだ本に
「扁桃体(感情の領域)と前頭葉(論理の領域)の連絡が断たれた患者」の話がありました。
患者は、計算や識別といった論理的な能力は低下していませんでしたが「意思決定(※システム2領域)」となると、簡単なものまでできなくなったそうです。
「感情は意思決定に必要な要素なのではないか?」という仮説の話です。
(あくまで仮説。扁桃体と前頭葉だけの話ではない可能性もまだまだあるので)

この仮説が正しいとすると、「意思決定には感情が不可欠」という話になってきます。
正解が必ずあることなら、論理だけで片付きますが、「正しいか間違っているか?」は、感情の羅針盤がなくては、判定(決定)できないと考えられます。

つまりアンサーとしては「切り離せない」になるかと。

心理学的には
「先に感情があり、選択があり、その正当化のために論理的に武装する」という思考の流れ方をすると分析されています。

「感情と論理を切り離す」というのは、恐らくは「比喩表現」に近いものかと思われます。
感情の介在を必要としない分野で、感情で物事を判断してはいけない。

心理学の分野では、特によく言われる言葉ですね。「実験者効果」なんてストレートな名前がついてます。
心理実験の際、実験の主催者は「被験者に期待する振る舞い」があり、得られた実験結果を「偏って受け取ろうとする(チェリーピッキング)」。
これは、少なくともサイエンスの分野では禁則行為な訳です。

逆説的ですが
「論理と感情は切り離せないからこそ、サイエンスでは、切り離すことを推称しよう」という働きかけの言葉なのだと思います。
サイエンスに限らず、論理による決定が必要な場では「自分の意見は感情によるものか?論理によるものか?」を客観的に見て、意見する必要がある。との推奨事項なのだと考えます。
哲学哲学
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ほくと

ほくと

プログラミング、ゲームの世界はきっちりルールが決まっていて、論理的な手順で進められる箇所が多い。
社会的な問題に対する論理って自分で使わないからあれなんですが、信頼できる情報源の根拠を元にするというまた別の意味なんですかね。
論理って人によって意味が違うから、意味推定の段階で混乱する。
あと、将来的なリスクという未知が判断に関わることもあり、リスク許容度を感情と切り離して考えるのは難しい気がします。
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サト

サト

持論ではあるけど

感情を整えるのが思考
思考で組まれたものが論理
論理に納得するのは感情

切り離す必要はなく循環構造だと思う
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かなう

かなう

何故切り離せないのでしょうか。
論理学は形式としての真偽を論議して結果を導き出すものです。
感情とは論理学の形式的な解答のプロセスを実体験するものです。
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てす人

てす人

どのような論理もベースは感情だと思います。例えば一切の感情を排し理詰めで仕事を行ったとしても、その目的はあくまでより良い報酬を得て喜びを享受することのはずです。
ただ、今の感情を優先するか、もしくは将来的に得られる感情を優先するかによって論理に見えるか否か決まるのだと思います。

どの時点での感情を選ぶかは人によって違います。そこに差異があるからこそ生物は生存できてきたのかなと。この食料は今食べるべきか、はたまた保存しておくべきかなんて自然界では正解は分かりません。優先する時間の個体差を作ることで全滅を避けることができます。

ただ、社会においてはこの個体差は障害となります。特に刹那的な感情の個体差は顕著です。故に可能な限り未来の感情を優先した論理的な会話が社会においては望まれるのかなと思います。
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むかで

むかで

常に論理的に行動している感覚はありませんが、
常に感情がある状態で行動している気がします。
どちらに効果を与えるか?と考えると、遠回りでも感情的に良い効果があるなら、そんな日もありだと思う。
切り離すのは、倫理あたりでしょうねw
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はるた

はるた

自分を客観的に見る習慣をつけることです。

今どんな感情なのか、なぜその感情になっているのか、その感情は正義か(この場合の正義というのは、この感情に任せて行動した場合、自分にいいものをもたらすか)、これを常にしています。

慣れてくると、感情は今こう思ってるけどでも論理的にはこう考えた方が気持ちも楽になるし、何より自分が心の底から望む方向性に進めるなぁって判断ができるようになってきます。

ふとしたときに1人静かな時間を設け、今自分はどんなことを感じてるんだろうって自分に問いかけてみてください。瞑想もいいと思いますし、神社を1人で参拝しても同じ効果が得られます。
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バラタイン

バラタイン

人である以上切り離せない
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すろぅす

すろぅす

モラルが欠落してる奴がどんどん顕著になっている世間で、論理と感情は切り離せないんじゃなくて、既に分解されてるんじゃないかな?と思えいくる・・・
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