派閥を作るような表現をする心理って?
哲学的な問いではないのかもしれませんが…
好みを問われた時に【〜派ですね】的な表現をする時がありますが、どんな心理が働いてるんでしょうか?【〜が好きです】的な表現を使わない理由は?
ブラックテール
無勢に多勢。

伯爵
私なりにまとめてみます。
1.集団への帰属意識
「〜好き」は個人の意見ですが、「〜派」と言えば、「多数の意見」であるかのような印象を与えます。
分母を大きくして、自分の意見を強くしよう、みたいな心理が働くのだと思います。
付随して「不倫推奨派」「転売OK派」みたいに、社会的に認められにくいような主張は、派閥を背負ってるケースが多い気がします。これは帰属意識ではなく、責任分散としてですが。
2.自己開示のハードル低下
自分をオープンするのが好きじゃない人がよくするイメージもあります。秘密主義的だったり、自分を前に出すのが苦手だったり。
ワンクッション置くことで(回りくどく表現することで)自分の情報を直接的に明け渡さずに済む(かのような錯覚)をして、気持ーちハードルを下げてるのかも知れません。
3.ラベリングによる構造の単純化
情報を大括りにすることで、単純化したい場合もあると思います。
お互いにまだ牽制中の関係の場合、犬猫の話題だとしても、どんな地雷を踏むか解りません。だから、対象を大雑把にして、安全圏から様子をうかがう場合に使われるのだと思います。
「猫好きですか?」って聞いて「猫なんて好きなわけにないだろう!」なんて社会性の欠落した回答が返ってきてはたまりません。(そしてそういう方は、結構多く存在します)
「犬派ですか猫派ですか?」と聞く方が、まだ安全そうです。
いずれにしても「防衛心理」に基づきそうですね。
自分を大きく見せたい、隠したい、迂闊に刺激したくない。など、関係が未成熟な段階で見られるやりとりなように思われます。
あとは「単なるエンタメ」という、エンタメなディスカッションを求められる時とか、かな。
ゆう

憂い顔の騎士

サト
端的な自己紹介なんじゃないかな
大まかな立ち位置として

ワンコおじさん

けい

