哲学を学ぶのではなく、哲学するためにできることは何か?
ティリル
常識。社会のルール。光。言葉。感情。などなどいろんなことを疑うとそこに哲学が潜んでいると思います。

はやちゃん

伯爵
自分がそうだ、哲学的だ。
なんて思ってもいないし、哲学たらんとして思考してるわけでもない。
なんかこう…
「それってホンマそうなん?」とか、
「もっと芯を食った答えってないのかな?」とか、
「真理はどこにあるんだろう?」とか、
日々いろんな刺激に対して思考する『癖』がついてるだけなんですわー。
例えば不倫騒動とか
「なんでそんな大袈裟に世間から責められなきゃいけないの?」
なんて疑問に思ったりした時に、
企業としてのデミリットは?とか、
なら一般人ならいいのか?とか、
そもそも結婚という契約に違反はしてるのだろうけれど、生物としてはいいんじゃないか?とか、
宗教とか混ざってくるよな?とか。
なんか色々考えて
「よりフラットな回答はどこか?」
みたいな思考をするんですよ。
自分が「できるだけフラットでありたい」という願望が根っこにあるからなんでしょうけど。
それは哲学っちゃそうだし、単なる思考だといえばそうでもあるので、特に定義はしてないんですよね〜。

くちく
そんな時に人は自分の生や、世界の意味に思い至るのではないかな、と思います。
哲学が要らない人生ならそれこそ幸せだと思っていて、哲学をする人は満たせぬ渇きの源泉を哲学を導にしてたどり続けているんだ、と思います。

憂い顔の騎士

すーちゃん
kaede

ユー

ジゴロ❤️🩹🥺

ぐるぐる
自分独自の考え(もちろん間違ってても良い)を組み立て、論理的に整理し、アウトプットすること。
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