軽蔑と尊敬は全く相反する意味だが、時には一体となりうる場合がある、何故か?

投稿は友達のみ

幸正
(事情や心情)などを精査した『真実』を知ることで、見解が反転してしまうことはあるでしょうね

ハンプティダンプティ
脳の許容を超えるからかなぁ🤔
#スカイハイ

ねぎどん
無邪気にやってのける様を
尻目で見つつも憧る事があるかも

ヘルシオ

BEVEL(べヴェル
軽蔑できる事を尊敬したり、尊敬する事を軽蔑したりする事があるんだから当然[照れる]

世紀末覇者ラ王
相手に価値を見出し「こう在ってほしい」と
期待を置くことで生まれる。
しかし期待は、無意識のうちに対価へ変わる。
つまり、
信頼したのに裏切られた。
凄いと思ったのに理想と違った。
その瞬間、人は価値を反転させる。
つまり軽蔑とは、期待という対価が崩れた時に
生まれる感情なのである。
本当に無関心な相手には、
期待も失望も生まれない。
期待という感情に対して、
見返りとなる価値を求めること。
これが「対価」という根源の感情である。
だから軽蔑と尊敬は相反ではない。
同じ価値軸の中で揺れる、
相対構造なのではないだろうか。
だと私は思いました。

SUZUME
相反する軽蔑と尊敬ですが、
過去に行った行動や言動等は
それを立ち会ったり目撃した人の
記憶から後で変える事も
消す事もできない、
過去において
その行動や言動等により
軽蔑したものが
軽蔑後の未来において
尊敬に値する
何かしらの事をもたらした時、
抱いた尊敬と
変えられぬ過去の軽蔑が
一体化すると考えます。

tetra

ソマチッド
もっとみる 



