認識が主体内部で生成されるものだと仮定した場合、あなたは自分の認識形成能力をどの程度信頼していますか?(100点満点で)
世界・現象・対象
↓
(認識形成能力)
↓
認識

フレム・チェンバース

こうしん🀄️🀄️🀄️
知覚は信頼しないといかんけど、判断に行き着くプロセスはもう全く信頼してない

世紀末覇者ラ王
認識形成能力を評価する主体も、同じ自分の認識形成能力を使って評価してるやん。となりました。だから、点数は関係ないのかもしれない…と。
仮に、認識された概念を理解しようとしても、自分の限られた既存の知識からしか認識することはできません。
つまり、確実な事実だけではなく、推測や憶測、統計などを使って、分からない部分を補いながら、一つの認識として成立する場合もあると思います。
そう考えると、100点満点で採点できるのは、その時点で出来上がった認識の結果に対してであって、認識形成能力そのものではないのかもしれません。
と、私は思いました。

とも

KINO KO
全ての認識は信用できません
一言で言うなら修羅の境地ですね

フレム・チェンバース

ぐるぐる

ヘルシオ

vonoボーノ
もしまちがっていたら修正して生きていきます

セナ
私はこれまでの人生で得た知識や経験、そして生まれ持ったものなどから形成された世界を見る目を信じてます。それが正しいかどうかは置いといて、わたしの世界観なのです。
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