認識が主体内部で生成されるものだと仮定した場合、あなたは自分の認識形成能力をどの程度信頼していますか?(100点満点で)
世界・現象・対象
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(認識形成能力)
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認識

くま
ただし、ここで重要なのは時間軸です。
ある瞬間に形成された認識は、その時点では100点です。しかし、3秒後、1時間後、1か月後には、また異なる認識が形成されているかもしれません。
そして、そのいずれの瞬間においても、主体の内部では、その時点の100点の認識が成立しています。
つまり、認識は常にその瞬間において100点でありながら、その内容は時間とともに絶えず変化していくものだと考えています。
ここでいう100点とは、認識の正しさや優劣を評価したものではなく、その瞬間における認識の成立そのものを意味しています。

フレム・チェンバース

こうしん🀄️🀄️🀄️
知覚は信頼しないといかんけど、判断に行き着くプロセスはもう全く信頼してない

世紀末覇者ラ王
認識形成能力を評価する主体も、同じ自分の認識形成能力を使って評価してるやん。となりました。だから、点数は関係ないのかもしれない…と。
仮に、認識された概念を理解しようとしても、自分の限られた既存の知識からしか認識することはできません。
つまり、確実な事実だけではなく、推測や憶測、統計などを使って、分からない部分を補いながら、一つの認識として成立する場合もあると思います。
そう考えると、100点満点で採点できるのは、その時点で出来上がった認識の結果に対してであって、認識形成能力そのものではないのかもしれません。
と、私は思いました。

とも

KINO KO
全ての認識は信用できません
一言で言うなら修羅の境地ですね

フレム・チェンバース

ぐるぐる

ヘルシオ

vonoボーノ
もしまちがっていたら修正して生きていきます
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