共感で繋がるSNS

認識が主体内部で生成されるものだと仮定した場合、あなたは自分の認識形成能力をどの程度信頼していますか?(100点満点で)

世界・現象・対象 ↓ (認識形成能力) ↓ 認識
フレム・チェンバース

フレム・チェンバース

せぼねの はなし? 10000000000てん!!
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY30
SIG

SIG

自由奔放に、素のままで
良いと思いますよ
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY18
フレム・チェンバース

フレム・チェンバース

なに いってるか わからんので 0てん!!
哲学哲学
GRAVITY6
GRAVITY16
KINO KO

KINO KO

認識形成能力の信頼は100点です
全ての認識は信用できません
一言で言うなら修羅の境地ですね
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY11
ギゼン

ギゼン

100点。
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY10
とも

とも

認識しているのは誰か?それは多分あなたの自我です!だから先ずは思考の自我を手放し真のあなた即ち気づきとして今ここに在ることです。それでないと認識度は限りなく0点です!
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY5
こうしん🀄️🀄️🀄️

こうしん🀄️🀄️🀄️

10〜20点くらい
知覚は信頼しないといかんけど、判断に行き着くプロセスはもう全く信頼してない
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY1
ぐるぐる

ぐるぐる

全く信頼に足りない
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY2
世紀末覇者ラ王

世紀末覇者ラ王

お題とズレてしまいますが、自分の認識を評価するのか?と考えたら、

認識形成能力を評価する主体も、同じ自分の認識形成能力を使って評価してるやん。となりました。だから、点数は関係ないのかもしれない…と。

仮に、認識された概念を理解しようとしても、自分の限られた既存の知識からしか認識することはできません。

つまり、確実な事実だけではなく、推測や憶測、統計などを使って、分からない部分を補いながら、一つの認識として成立する場合もあると思います。

そう考えると、100点満点で採点できるのは、その時点で出来上がった認識の結果に対してであって、認識形成能力そのものではないのかもしれません。

と、私は思いました。
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY
ヘルシオ

ヘルシオ

0点
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY4
もっとみる