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認識が主体内部で生成されるものだと仮定した場合、あなたは自分の認識形成能力をどの程度信頼していますか?(100点満点で)

世界・現象・対象 ↓ (認識形成能力) ↓ 認識
フレム・チェンバース

フレム・チェンバース

せぼねの はなし? 10000000000てん!!
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SIG

SIG

自由奔放に、素のままで
良いと思いますよ
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フレム・チェンバース

フレム・チェンバース

なに いってるか わからんので 0てん!!
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KINO KO

KINO KO

認識形成能力の信頼は100点です
全ての認識は信用できません
一言で言うなら修羅の境地ですね
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ギゼン

ギゼン

100点。
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とも

とも

認識しているのは誰か?それは多分あなたの自我です!だから先ずは思考の自我を手放し真のあなた即ち気づきとして今ここに在ることです。それでないと認識度は限りなく0点です!
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こうしん🀄️🀄️🀄️

こうしん🀄️🀄️🀄️

10〜20点くらい
知覚は信頼しないといかんけど、判断に行き着くプロセスはもう全く信頼してない
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ぐるぐる

ぐるぐる

全く信頼に足りない
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くま

くま

認識が主体の内部で生成されるものだと仮定するなら、私は自分の認識形成能力を100点と考えます。

ただし、ここで重要なのは時間軸です。

ある瞬間に形成された認識は、その時点では100点です。しかし、3秒後、1時間後、1か月後には、また異なる認識が形成されているかもしれません。

そして、そのいずれの瞬間においても、主体の内部では、その時点の100点の認識が成立しています。

つまり、認識は常にその瞬間において100点でありながら、その内容は時間とともに絶えず変化していくものだと考えています。

ここでいう100点とは、認識の正しさや優劣を評価したものではなく、その瞬間における認識の成立そのものを意味しています。
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世紀末覇者ラ王

世紀末覇者ラ王

お題とズレてしまいますが、自分の認識を評価するのか?と考えたら、

認識形成能力を評価する主体も、同じ自分の認識形成能力を使って評価してるやん。となりました。だから、点数は関係ないのかもしれない…と。

仮に、認識された概念を理解しようとしても、自分の限られた既存の知識からしか認識することはできません。

つまり、確実な事実だけではなく、推測や憶測、統計などを使って、分からない部分を補いながら、一つの認識として成立する場合もあると思います。

そう考えると、100点満点で採点できるのは、その時点で出来上がった認識の結果に対してであって、認識形成能力そのものではないのかもしれません。

と、私は思いました。
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