【1】貴方にとってこの星は、❶“哲学”の星か、❷“哲学の星”か、どちらの認識ですか? 【2】貴方は❶❷の認識が異なる人と知的対話を成立させることは可能ですか?
▸ ❶は、場において哲学を扱いたいという気持ちが強い。哲学場の認識。
「この場自体が哲学行為」であるべき
哲学の位置付け→存在様式・条件
サリエンス→純度・様式・哲学性
▸ ❷は、哲学を扱うコミュニティ的認識が強い。コミュニティの認識。
「哲学について交流する場」であるべき
哲学の位置付け→話題・コンテンツ・テーマ
サリエンス→コミュニティの質

にっきー
(2)かなり難しいと思います。
「哲学の星」の説明では、学術哲学から在野哲学、ライト層から学術層まで幅広く参加できる「アゴラ(広場)」を志向し、「哲学」の定義も一様には定めていません。
なので、私は❷と捉えるほうが自然だと思います。
知的な対話については、
対話は相手がいて初めて成立します。相手が理解を望んでいるのか、否定や優越感を求めているのかは、一方だけではコントロールできません。
そのため、対話自体を維持するには一定のルールが必要です。さらに「知的な対話」を求めるなら、ある程度の共有・検討可能な根拠や論理も求められると思います。
しかし、全員に一定の対話様式を要求すれば、多様な哲学観を受け入れるという「哲学の星」の説明(理念)とズレが出ます。
理念を変えるなら可能ですが、その場合は、感覚や経験則を客観的に共有・検討できる形にすることが発信のたびに求められ、参加しにくくなると思います。
そう考えると、現状の「哲学の星」において、「知的な対話」を一律に求めることは本当に適切なのか?と感じます。

Okita13

世紀末覇者ラ王
自分が理解していることを、相手にも分かる具体例として説明できるのであれば、①か②かはそれほど重要ではないと思うからです。
②の認識で参加している人からでも、具体的な経験や例の中に哲学的な問いのヒントは見つけられます。逆に①の認識で参加している人も、自分の理解を具体例まで落とし込めるなら、②の人とも対話できます。
私は、知的対話が成立するかどうかは「この場を①と見るか②と見るか」よりも、自分の理解を相手の文脈に合わせて具体と抽象の間で行き来できるかどうかだと思います😊
私は、この哲学の星では、こうありたいと思っています。

生ハム(inサイゼ
哲学という山頂を成り立たせるための山の麓にお邪魔させてもらってる。

ラスカル
哲学の星 まで含むと星の話も入るけど、
哲学 の星なら哲学のことだけ話してる星だと思うから、
後者が私の見解としては正解かな🙄

ギゼン
❶は、''哲学''を取り扱う社交的な場 みたいな意味合い
❷は、惑星、人、言論などの全てをひっくるめた集合体の総称 をそれぞれ表していると思いました。
また、別の名詞 巨人の星 を用いてみると
❶「巨人」の星 が星飛雄馬
❷「巨人の星」が漫画作品 を表しているように、「星自体」を表したいのであれば❶と表現するのが適切かなとも考えました。❷の認識をしている人と知的会話を試みることは可能だと思いますが、成立するかは分かりかねます。

わっちゃん
しすい
【2】人によります。あまりに浅薄な方々とは知的どころかまともに対話することすら出来ませんから。

〆さば
【2】❶も❷も其々が自覚的であれば可能
※必然的に一定程度のメタ認知能力あるかどうかが、この場を楽しめるかどうかのハードルになると思います。

イッチ
アンケート的な質問だろうか?なぜ分けようとしているのか、分けるメリットはなんだろう??執拗いが批判ではない
【2】個人的には可能。違う意見こそ貴重と考えているため
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