無神論者の反論で「神がいるならなぜ悪や不幸があるのか」という反論があるがなぜ神は全知全能という前提で考えるのか 日本は八百万の神が主流ではないのか?
よく無神論者の反論で「神さまがいるならなぜ世の中には悪や不幸があるのか」というのがありますが、不思議に思います なぜならそれは神さまが全知全能で絶対善という前提があるからです しかしその前提がなければ神がいない根拠にはなりません 百歩譲ってアブラハムの宗教圏内だったらそのような疑問もわかるのですが、八百万の神の国が主流の日本で、さらに仏教が浸透してる日本で(仏教では神さまも煩悩がありますよね)なぜそのような反論が生まれるのか甚だ疑問です 誰か教えてください

Lizy
唯一神も同じで、悪も善も全て内包しているからこそ全知全能であるので、悪も善も内包した人間を生み出したのだ。
悪と善の両方を併せ持つ唯一神は、唯一であるからこそ他者からの指摘もなく、悪と善の区別もつかない。その行為が悪であるかどうかは他者とのかかわりによって生み出されるものだからだ。
生み出されない善悪を、神は知りようがない。神の座には善悪の区別など存在しないのだ。

サト
「あなたが神を信じないからですよ」
「神と神の代理戦争の犠牲者かもしれないですね」
「神が全知全能だとしてなぜ人類を救わなければいけないの?」
の三通りかな
もしかしたらこのお題の反論って
「神の存在を信じない」というより
「神は全知全能で救ってくれる存在だ」と信じてるからこそかもね

むかで
そもそも反論できる程の知識がないので、無神論者というより無関心論者か無神論信者が正しいでしょうw

伯爵
文章が(思考が)ややこしいから混乱しがちだけど、
これは単に
「同じ前提で議論してないから」
ってだけですよ。
土俵が違う。
無神論者は「神=全知全能」を前提してる。
あなたは「神≠全知全能」を前提にして、無神論者の反論を受け取っている。
双方の主張を取り入れるなら、議論は
「神は存在するか否か」
ではなくて、
「神は全知全能か?」
の議論が最初にありき。
その取り決めの上で、
「じゃあ神様はいるのか?」
に辿り着くの順序じゃないかしら。

ワシじゃよ、猛禽猛禽

憂い顔の騎士
せい君
神は人が作った最も罪深き偶像
キリスト氏などはもっとも殺し合いをうんだ偶像神とわたしは考える
八百万の神も、当時の村社会で各地を統治する為に作りたもうた神である
伝承や奇跡は、信じる信仰心などの人が集団的意識下で人類の感知していない感覚や基幹が何らかの集団的要素で働いた物と予測する

コパ🔍
神とはそんな便利屋なんか?
いつから神はパシリになった?
他人任せにも程がある🤣
神を都合よく語っているのが
無神論者とは!🤣
コレぞ矛盾!

