全ての人類が同じ神の存在を信じることができれば、その神は「存在している」と言えるのではないか?

コーユー
もし存在を、人やリンゴみたいな物理的な実在として見るなら、全員が信じても存在するとは限らないと思います。
一方で、存在を“機能しているか”で見るなら、神は存在しているとも言えます。
例えば、「誰も見ていなくても善い行いをする」
みたいに、人の判断や行動を変えているなら、その神は確かに機能している。
ただそれは、物理的存在というより、ルールや価値観、制度に近い存在なのかもしれません。
あと、この場合は全人類が信じる必要すらなくて、一部の人が信じ、その行動が周囲へ影響すれば十分成立する気がします。
「信じる」と「存在する」を分けて考えると、少し整理しやすくなるのではないでしょうか。

mon
たろう☸️
通貨の価値と同じですね
皆が通貨に価値があると信じているので、紙幣というただの紙に価値が存在しています
神も信仰の拠り所として人々の心の安寧の為に利用されたり、権威付けなどで利用されたりしてます
他にも、国家も同じようなものですね
ただ、これらは人類が発展する為に作られたもので、機能としては便利なので、そういうものと知って利用すべきなんでしょうね

憂い顔の騎士
神は単なる支配装置

くちく
人間は、共同体を保つために神を発明した、というのは文化人類学からの有名な仮説です。だとすると、全世界の人間が同じ神を信仰すれば、全世界が一つの共同体になります(やったぜ!)
ですが、人間はきっと、この共同体を保てません。共同体の本懐は、内部の秩序を保ち、外部からの脅威を排除すること。ゆえに、内部で不満分子が生じれば都度追放します。ですが、追放された者は、必ず新たな共同体を作るときに神話を形成するに違いない。
何が言いたいかと言えば、
①神はそれ自体が人間の概念装置であり、現象学の問題に属するもののため、存在を問う実在論では語れないということ。
②加えて、仮に絶対神を全世界が信仰しても、必ず不満分子がオルタナティブな神を発明してしまうに違いない、ということです。

うどん

けん

伯爵
既に「そうであるもの」のひとつが、例えば「未来」でしょうか。
明日が来ること、時間が進むことを通常、人は疑いません。しかしこれだって厳密には「自分が自分たり得る証明」とか「昨日の自分が今日の自分と連続している証明」とか、曖昧なものであると思うのです。
大前提として「神はいる」と全人類が認識したのだとすれば、「未来」と同じく「疑いようのない存在」になるのだと思います。
そもそも概念から「それが存在しない可用性」が、無くなりはしないまでも極限まで薄くなるでしょうし。
さんかく
イースター島のモアイのような結末になりそう。

ゆ
物理的な存在でしたら、信じることは存在に関係ないと思います。
ただ、全ての人類が同じ意見を持つこと早々ないので全員が同じ神を信じることになるとしたら「全ての人類を納得させられるほどの何か(超常現象など)」が起こったということなのでしょう。
そういう意味では、全員が信じた場合というより、全員を信じさせることができた場合なら本当に神は存在するのかもしれません。
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