共感で繋がるSNS

貴方の認識は『事実』か、それとも『複数存在しうる解釈のうちの1つを自分が能動的に、あるいは不可知的に採用したもの』か。

恵風

恵風

強いて言うなら能動的に採用したものかな
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY
セナ

セナ

後者、事実を脳に入力した後それぞれの個人の脳の性質にしたがって出力される。どこにという言語化が難しいが、
てか私は色弱だから事実というべきかわからないが少なくとも一般の方に見えてる色の世界と私の世界の二つは視覚的に存在している。
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY1
Yahaa!

Yahaa!

否定の中の否定すかねぇ?
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY
ざちょい

ざちょい

AIの内在的知性が証明できず、人間もそうだから同じ知性だ、みたいな話と同じで、一つの認識体系を隔てた外界は、そもそも全て解釈に過ぎないですからね。後者でしょう。
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY8
ある

ある

人は主観から逃げる事はできない。
ので後者としか思えないですね。
常に人はそうであって欲しいという裏付けを求めますもんね。
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY5
ねぎどん

ねぎどん

後者 50になっても 知らない事ばかり
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY2
こみ

こみ

事実って不変的な、再現性のある
いわゆる散らかった後の世界というか…
後者だと主観的だったり、散らかってる最中だったり、例えば立方体を右から見るか上から見るか的なことだったりなのかなと思う
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY1
ソル

ソル

後者かなー…
事実ではあるんだろうけど、全ての事実を包括して把握できるわけじゃないし、やっぱり見てる景色って、断片的な情報の一つでしかないんじゃないかなー[ほほえむ]
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY4
着物男子(⛄️

着物男子(⛄️

事実というのはこの世界の主体の数だけあると思う
 ただそれはそれぞれが一人よがりではない
 例えばある一つの事象にたいして
例えばAさんにとっては事実はAであり、Bさんにとっては事実はBだとする
 AさんとBさんで感じている事実は違う

しかし、Aさんにとって事実B自体は事実ではなくても「Bさんにとっての事実Bは確実にBさんにとっての事実Bである」のはいえる
 これはAさんとBさんの立場を逆にしても同じことがいえる

つまり事実とは主体に関係なく転がっているのではなく、また各々が勝手に作りあげてるものでもない

それは主体と別の主体同士の相互理論から始まるのである
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY1
ナトル

ナトル

あくまでも 私個人の発想と思想と偏見です
哲学哲学
GRAVITY
GRAVITY2
もっとみる