自分が嫌いな人の気持ちが構造的に理解できない。わかりやすく教えて欲しい。

ゆー
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、のように1度決壊した物は溢れ出て自分の粗探しから抜け出せない状態なのだと。
ここからは少々論点がズレます。
ですが、そんなに嫌いな相手が毎日鏡の前に現れるのにも関わらず今まで頑張って生きている。というのは紛うことなき事実です。
嫌いな相手(自分)から褒められても今はきっと嬉しくもなんともないかもしれませんが、ほんの少しだけ心のゆとりから見慣れた日には嘘をついてでも褒めて上げてください。
たれぱん
①理想と現実の比較。
「活躍している自分」、「親切な自分」が本来の自分と思い込んでいるので、そうならない現実とのギャップを「自分の欠陥」と思っちゃうかな。
②現実からの逃避
「自分の欠陥」を認めるのは辛いので、自分を他人のようにして、上から自分を否定する客観的な立場に切り替えることにより、自分嫌いの状態になるかな。
③結局は自分である
他人のことであれば、忘れてしまえばそれまでだけど、自分のことなので、忘れづらい。モヤモヤしたストレスが自己嫌悪かな。
※オマケ
理想と現実とのギャップが原因なので、理想を現実的なレベルに下げるか、、、
「まぁそんなときもある」と「自分の欠陥」を認めることかな。つまり、現実の自分を認めること。
さんゆう
そういう事です

むかで
理由は色々あると思います。

Jaco_ten

フレム・チェンバース
ほんと あべこべだ
なにしても みにくい じぶん だいきらい
ではなく
だいすきな じぶん もっと うつくしく してあげたい
これが ただしい かんがえかたの じゅんじょだと あたしは おもう

ラスカル
自分の方がちっちぇー人間だって周りにアピールしてるように見てますよ。

こうしん🀄️🀄️🀄️
気持ちを構造的に理解できない人が嫌いなんじゃない?
だから自分の勝手で分かったと錯覚すれば改善するかもよ

とも

サト
相手がどういう人か分からない
だからどういう構造かは答えようがない
だから抽象的になるけど
まず嫌いという前提があるからだと思う
だから感情が理解を拒むということはあると思う
理解できない以前に
無意識か意識的か
理解しようとする段階にないんだと思う
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