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弱さを優しさと勘違いされます。弱さと優しさの違いは何でしょう。

よく「弱さは人を傷つけられない、優しさは人を傷つけられるけどしない」と言うけど、「人を傷つけることができてもしたいと思わない」場合人を傷つけられないのか、しないだけなのかはどう区別する?
星エレガントぽぺ田🌻

星エレガントぽぺ田🌻

傷つけない選択をした人は単に傷つけた後の周囲への影響も気にしてるからな気がする
そもそも弱さと優しさは階層が違う気がしていて、弱さを守るためのツールとして優しさがあると思う
弱くて攻撃してしまう人もいるから、弱さの守り方は人それぞれな気がします
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明

したいと思わないって言うけど、それ本当にできる人が言ってるなら説得力あるよね。できない人が言うと、ただの制限に見える
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雨と眠気。

雨と眠気。

うーん、勘違いというかさ
弱さを知っているから人に優しくなれるんやないのかな?

自分の痛みや感じたことがあるから
人の痛みや哀しみを感じることができるんやと思う。

だから、弱さがあるから優しいって
別にかっこ悪いことでもないし勘違いでもなくて
事実やと思う。

経験があなたを優しくしてるってことよ。

人は感じたことで心動かされるのだから。
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TOM

TOM

考え方の違いだね、答えは!


人それぞれ😅
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ぽん太

ぽん太

強さは愛だ!
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🪽天使Stella

🪽天使Stella

弱さ
とは、その人の『繊細さ』や『危うさ』だろうし
優しさとはある意味では『強さ』でもあって、
例えばですが、あなたは普段はバリバリ働いて
何らかのチームをまとめ上げるバリキャリだったり
すると思うんですよ。そんな方がふと見せる『弱さ』は『繊細さ』に繋がり、『優しさ』とも解釈をされるのかなとも思います。
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セナ

セナ

例えば優先席に席を妊婦さんに譲ろうとしたひとがいたとして、その人の心の中が(この状況で妊婦立たせてたら絶対周りの人不快な思い抱いてる)とかなら優しさ、親切な行為も不安が根っこにあるような気がする。一方何も感じなくて妊婦さんをみつけてすっと席を譲る人もいる。
この2人のやってることは側から見たら同じことだけど心の中がちがうだけ。自分にとっては善だろうが偽善だろうがやりたければやればいいと思うけどね。
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じゃんく

じゃんく

まず弱さと優しさの根本にあるものは

「傷つきやすさへの感度」

なんだと思いますね。

そしてそれがどの方向に強く向いているかでその人に貼られるラベルが変わっているように思います。
自分を守る方向 → 弱い
他者を守る方向 → 優しい
関係を守る方向 → 義理堅い
場を守る方向 → 大人っぽい
など

ただ、これはあくまでもどの方向が強く見えるか?であって他の方向へと向けられている成分が0ということはないと思っています。
(例えば他者を傷付けないことが自分を守ることになるタイプ)

だからこそ、たとえ弱さが主軸に見えてもその裏にある優しさなども同時に認めることって大切なんじゃないかと思います。
それが他人であっても自分であっても
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風の音

風の音

お題の方の身の回りで“よく言われる”という
「弱さとは、人を傷つけられないこと」
「優しさとは、人を傷つけられる立場の人がしないこと」
についての例外(そうでない場合もありますよ、という状況)を検証します。

強い・弱いが、心や肉体的の比較であるどちらの場合でも例外はあります。
「子供と大人の立場」です
子供は大人より弱いはずですが、悪意はなくても親を傷つけることはできるし、優しくもなれます。
飼い主が悲しんでいるとペットが慰めにきますが、それは「傷つけられるけどしない」という考えや立場での感情ではないでしょうね[照れる]

では、お題の内容が成立する状況は何でしょうか?
おそらく、以前、どこかのお題にあった「パワハラとその被害者」の関係性について語っている一部じゃないでしょうか?

相手を傷つけたくても(正論を言いたくても)できない、生活のために我慢する被害者。そして、パワハラをする人にたいして「やめて欲しい」という願いを込めた「その立場の人が、それをしないこと」というやんわりとした説教
そのシチュエーションでしかこの言葉をよく使う状況が思い浮かびませんでした[にこやか]

俺としては、上司などがパワハラをしないのは「人間性」だと思うので、強さや優しさはそのパーソナリティーの一部にすぎず、そもそも弱さ(パワー)と優しさ(感情)は同軸じゃないと思いました。
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正宗(ろー)

正宗(ろー)

▸ 表意者の内的な認識(弱さor優しさ)
▸ 相手が形成する認識(これは弱さだorこれは優しさだ)
▸ 客観的評価による認識(これは弱さだorこれは優しさだ)※ 観測者≠客観的評価
▸ 存在論的な弱さと優しさの違い

整理
▸ 自己定義が彼我で異なる(参考:言語ゲーム、家族的類似)
▸ 表意者の内的表像と、相手の認識は異なる可能性が大きい
▸ 語彙の定義を確定させてもそこからの意味理解は個々に異なる

したがって、社会的に流通している、または所属集団や場に流通している「弱さ」と「優しさ」の特徴やイメージで判定されるため、内的表像と他者認識の乖離が生じる。
(人間の認知の特性は割愛)

┈┈┈

構造ではなく具体を持ってくると、
・できるのにしないのが優しさ。
・できなくて、そうせざるを得ないのが弱さ。
しかし、他者にはできるのにしないのか、できなくてそうせざるを得ないのかは判断が難しい。
故に、人間の他者理解は社会的に流通しているものから認識を作り、特徴やイメージから認識を作るから、と説明できると思います。

参考:
行為者観測者バイアス
自己定義、スキーマ
哲学哲学
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