「私」が「私」でいる条件は何だと思いますか?
こと人が同一人物かどうかについてご意見伺いたく存じます。
「クローンができた場合、自分のクローンは自分なのか」さて「自分の記憶をクローンにコピーした場合、そのクローンは自分なのか」では「自分を環境から消滅させた場合、そのクローンは自分なのか」なら「事故にあって記憶をなくした場合、記憶をなくす前の自分も自分なのか」最後に「来年の自分は体の細胞がほぼすべて代替わりしている、それでも来年の自分は自分なのか」
jei

正宗(ろー)
❶主体的連続性
❷社会的証明
❸周囲の人の記憶や関係性
❹自己認識(接着剤)
の4項で説明を試みます。
主体的連続性とは、自分が記憶を媒介に一貫した存在であるという主体的感覚です。
朝目が覚めたら突然四肢欠損していたら主体的連続は損なわれるため、この場合は自我が毀損され、主体的連続性に瑕疵が生じます。
ここはおそらく予測が関わっており、後述の自己認識とも接続されます。
社会的証明とは、戸籍のように身分を担保するもので、映画の設定のように、戸籍が抹消されると、社会的に自己を証明できなくなります。
つまり、「私」を構成する要素に自己証明の要素を含有すると考えます。
周囲との関連ですが、こちらも映画の設定のように、自分のことを知っている人間が、家族も含めて誰も存在しない場合は、さながら異世界や並行世界に遷移しなような感覚を齎すと予想されます。
人間は自己単体(ノード)で自己を認識せず、周囲との関係性というエッジを用いて自己を構築・安定化していると考えられます
自己認識は、周囲とのエッジにより構成される浮動的な存在である自己を、主体的連続性と接続して、安定点を構築する機能があると考えます。
動物の体重を体重計で測るとき、対象の動物が動くと体重は固定されず、表示されている体重が細かく揺れます。あるいは標高差による誤差や、体重計の故障等で体重が正常に表示されない場合など、「おや?」という違和を検知し、これを修正・再評価し、安定点を齎す監査機能があると考えます
本論の要点は、自己認識は主体的感覚だけでは構成されず、ノードとエッジによる流動的な存在に安定点を齎すための機能が要請されるという点で、その意味では人間の自己認識は不可知のグラフ様相であると考えます
言い換えると、「私」が「私」でいるためには孤独な閉じた世界では自己認識が安定せず、人間は周囲との関わりの中で自己を構築し、安定させる仕様を持ち、同時に、周囲との関わりによって自己が不安定になる仕様を持ち、その本質は不安定であるからこそ、自我は揺れやすく、自我を安定させるための営為や保証により救済されると考えました。
アナロジーを用いると、ダイラタンシーやホログラムのような、本質的に安定点を持たない性質を持っており、これを安定させるための機能が必要なんだと思います

ねこぜ
みんな難しく考えすぎだと思う

パン

きのこ
そうだ!! 鏡に向かって
「お前は誰だ?」
と何回も繰り返し、口に出して問う事で、その答えに近付けるそうですよ!!
前向きにチャレンジ!! 一歩ずつ真実に近付けばいい。
ティリル
「私」と思い込めていることが「私」の条件ですが、例文にある通りその条件はもろくて確証がありません。
一体「私」はどこに?そもそも「私」を証明できるものはこの世界の内側に存在するのか。
果てしない問いです。

あや

風の音
「事故で記憶を失くした自分…」については、他者からすれば同一人物が記憶喪失になった…と見え、本人にとっては「過去の記憶を失くした自分」と認識可能じゃないかなと思います。
ですが、認知症(認知の障害)になった場合、他人からは同一人物がボケたように見えますが、本人にとっては自分が誰だかも認知できなくなると思います(俺の母がそうでした)。
最後の「細胞の入れ換え…」については、「誕生〜成長(細胞の入れ換え)〜死」のことであり、先の「自己認知」があれば本人だと思います。
整形で別人になって、気持ちが明るくなったとしても、自分は自分ですもんね
京華

ケン
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