人間は、時代の変化を知覚できるか? パラダイム的な転換にあっても、実態は連続的な変化にある。スペクトラム的変容をどのように知覚すれば良いのか
哲学コミュニティですので、感覚的回答はご遠慮ください。
なぜそう考えたのか、理由、構造等の思考の痕跡を記述していただけるとありがたいです。

みと
人間は時代の変化を知覚できるか。
→知覚できる分、変化してからじゃないと知覚できないんだと思います。
激しい転換の最中でも、実際には連続的な、スペクトラム的な変容をしているが、どう知覚すれば良いか。
→例えば何をもって時代の変化と定義するのか、の具体化が悩ましくなってしまいますが、時代の変化の指標になる数値?定量値でも定性値でも構いませんが、短期とか長期のスパンで観測する事で、その傾き、変化量の変わり方がスペクトラム的な変容の知覚になるのかも知れないなと思いました。

SUZUME
流動的に動いているからこそ
時代なのである。
人は時代の変化を
『体感と情報と事実の一致』から
知覚へと変化させる、
たとえそれが
過去の体感や知識が
あったとしても
全く同じものではなく、
『1秒の時が進めば
それは
自分自体もその知覚も含めた
新しい変化なのである』
と考えます。

SIG

SIG

ノエル
生物も文明も微小の変化を繰り返して適応できたものだけ残る進化の過程を経て来ていて今後も続くと思います。そのなかで「パラダイム」になる変化を「知覚」してはたまたそれを先導するには「変化していく環境に適応できなくなる」を見つける目が必要だと思います。

明

ヒデ郎
すなわちリアムタイムの知覚は敏感ではないけど、後に知覚は抽象化されて記録に残そうと人は営む。

Yahaa!

