高校生の子供が、親の発言を批判し、その批判が社会的に妥当とされる批判の場合、親は子供の批判を権力で否定しても良いか?
💡哲学の星のイベントにて、批判と非難の深堀りをやっています。テーマが知の共同観測なので、年齢や哲学の興味の高低関わらずどなたでも参加できます。お時間があるときに気軽にどうぞ。

伯爵
考える人で有名なオーギュスト・ロダンの名言です。
トンビが鷹を産んだのでしょうか。子の発言を親だからといって否定することは、親の側に問題があると考えます。
人の発言をハラスメントでねじ伏せるのは、親だろうが子だろうが教師だろうが政治家だろうが、間違った行いです。

ノゾ
我が子とはいえ人の内面を縛ることは誰にもできないし、それは口を閉ざさせただけであって、子の内側の批判を消したことにはならない。
結果、子供は何も失わない。
子供には、社会から得た倫理観と、親から得たそれに反する言葉とが残ることになって、長い時間をかけて吟味することになる。
一見、その吟味にとって、否定ではなく説明や議論、そして子供が持つに至った価値観の尊重であるほうが善いようにも思える。
けれど、圧力で封殺された経験もまた子供の内側で何らかの作用をしはじめて、それがどのように意味を持つかは、何十年も後にならないとわからない。
もしかしたら、より善いものを子供の中から引き出す仕掛けとして機能するかもしれない。

