特に悪くないと思う。我が子とはいえ人の内面を縛ることは誰にもできないし、それは口を閉ざさせただけであって、子の内側の批判を消したことにはならない。結果、子供は何も失わない。子供には、社会から得た倫理観と、親から得たそれに反する言葉とが残ることになって、長い時間をかけて吟味することになる。一見、その吟味にとって、否定ではなく説明や議論、そして子供が持つに至った価値観の尊重であるほうが善いようにも思える。けれど、圧力で封殺された経験もまた子供の内側で何らかの作用をしはじめて、それがどのように意味を持つかは、何十年も後にならないとわからない。もしかしたら、より善いものを子供の中から引き出す仕掛けとして機能するかもしれない。
特に悪くないと思う。我が子とはいえ人の内面を縛ることは誰にもできないし、それは口を閉ざさせただけであって、子の内側の批判を消したことにはならない。結果、子供は何も失わない。子供には、社会から得た倫理観と、親から得たそれに反する言葉とが残ることになって、長い時間をかけて吟味することになる。一見、その吟味にとって、否定ではなく説明や議論、そして子供が持つに至った価値観の尊重であるほうが善いようにも思える。けれど、圧力で封殺された経験もまた子供の内側で何らかの作用をしはじめて、それがどのように意味を持つかは、何十年も後にならないとわからない。もしかしたら、より善いものを子供の中から引き出す仕掛けとして機能するかもしれない。