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人の命の価値は平等か?

株の配当金10億円の人は20%2億円を税金で持っていかれるけど、そのお金が使われるどうかは別にして税金から生活保護費にまわされ、年間200万だと100人の生活を守っている事になる 金持ちは優遇されるべきではないか?
ひかる

ひかる

人の命に価値をつけるのはヒト社会のみですね、他の生物には無い。他の生物で言えば、それぞれが共存しているので他者は必要。まあ、きちんと視野を広げて考えれば、株という仕組みを作ったから株で儲けられたわけで。その株を作った人の子孫が今生活保護を受けてるとしたら、あなたはどう考えるべきですか?
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興味

興味

平等は今でこそ基本原理のように語られるものの、そのような人権的な考えが啓蒙されたのは人類史全体の中ではかなり最近ではないでしょうか。

つまり、人間は他の動物と同じく弱肉強食をベースとし、社会を円滑に運営する知恵として平等という状態を開発していったとも捉えられるのではないでしょうか。

さて、質問にあるような、お金のあるなしで人の価値を計るということは、平等というフィクションを看破するものでもあるかもしれませんが、同時に、人類が行き着いた知恵からの後退とも言えるかもしれません。
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たよ

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不平等
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つみき

つみき

命は個人の価値
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マーボー

マーボー

平等じゃないから紛争が起きる
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ゆー

ゆー

今、現実社会は平等、平等と訴えて止まない。
男女の間は常に平等であるべきだと叫ばれ、その差を無くそうと躍起になっている。
女性の雇用率をあげよう、専用車両を作ろう、時には名簿の順番にまでケチをつける。
障害者ですらも、差別するべきではないとして「障がい者」と言葉を改めるように世論は働きかけ、、今の子供たちは人は皆が平等だと教え込まれる。

男と女は能力も違えば役割も違う。障がい者はどれだけ丁重に表現しようとも障がい者であることに変わりはないのだ。そこから目を背けても何の意味もない。

つまり答えは否。人は不平等なもの、存在であり、平等な人間など存在しない。

かつて過去の偉人が、天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず、という言葉を世に生み出した。でも、これは皆平等なんだよと訴えていた訳じゃない。
そう、この有名すぎる一節には続きがあることを皆は知っているだろうか。
その続きはこうだ。生まれた時は皆平等だけど、仕事や身分に違いが出るのはどうしてだろうか、と問うている。そしてその続きにはこうも書かれてある。差が生まれるのは、学問に励んだのか励まなかったのか。
そこに違いが生じてくる、と綴ってある。それが有名すぎる「学問のすゝめ」だ。
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ぁみぃさん♂

ぁみぃさん♂

命の価値は社会やシステムで決まる。
自然界において命とは糧でしかない。
自然界に平等というシステムは存在しない。
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りら

りら

人の命に価値はある。
ただ、その価値に客観的な尺度を与えたり、等しく並べたりすることはできないと思う。

価値は需要と単純に比例するものではなく、多くの人に望まれていても軽く扱われることもあれば、希少であっても高く評価されないこともある。
つまり価値とは、“その人”にとってどれだけ必要とされるかによって変わる、相対的なものだと思う。

価値という指標は、自身・他人どちらにも付与される。誰かがその命に価値を見出している限り、確かに価値はある。

しかしその前提に立つなら、価値は人それぞれの関係性の中で変動するものであり、すべての命を同じ尺度で「平等」に扱うことも、比較することも難しく、意味を持たないのではないかと感じる。
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ぶいぶい

ぶいぶい

すべての命に価値はあるが、平等ではない。
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Masaya

Masaya

原価的には平等。但し周辺環境にいる人々の視点によってはそれぞれの人で価値(希少性や重要性)は変わると思う。
全く知らない赤の他人と生まれてから一緒にいる家族とではその人の価値は違う。有形無形の資産の量次第でも社会的から個人的な面でも扱いに差が出る。
こう考えると人の命は平等ではない。
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