幸不幸のバランスとは?
生活の中で今日は良い日だ、人生最悪な日だ、って感じることがあると思います。ずっと幸せでいるのが一番ですが現実はそうでもない。嫌なことが入ってきます。
幸せがあるからこそ嫌なことも一層逃げたくなる。しかしその逆も然りで、嫌なことがあるから幸せをかみしめられるでしょう。
その上で豊かな生活のために不幸は必要なんでしょうか?
だるま落とし

shunnnnn
なのでバランスは自分次第ってことで

正宗(ろー)
不幸は事象だけでなく、認識からも生まれると思います。
(例 日本に生まれていることは国ガチャとしてはかなり恵まれていると考えられるが、人によっては日本はオワコンという認識を持つ。)
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逆に、認識から生まれる幸運は生じづらいようです。
(例 日本は治安が良い。衛生的。料理も美味い…𝒆𝒕𝒄.と頭では理解しても、ここから幸福感には結びつかない)
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結果として、人間は認識を操作されることにより、不幸の方が多く感じるようになる。
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[星2]深堀り
資本主義国家の人間は、金を筆頭に、物質的富の豊かさが幸福に繋がっているという認識を持ちやすいかと思います。
しかし、お金も富もゼロサムの性質があるので、10人で1つの椅子を取り合う椅子取りゲームになり、椅子に座ったら座ったで今度は嫉妬やヘイトの対象になり、
椅子に座れなかった9人と、椅子に座った1人が誰も幸せになれないような認識が作られつつあります。
つまり、幸福にかかる認識は恣意的に歪めることも可能だと考えます。
幸福に強く関わるのは、事象の方ではなく、認識やスキーマ(個人スキーマ+社会スキーマ)でしょうね。
ハーバード大の75年に渡る追跡研究では、良質な人間関係が幸福の最大要因だと記述されていますが、日本では、お金無くして良質な人間関係は成立するのでしょうか。
幸福を得るためには、恋愛にせよ、収入にせよ、ゼロサムゲームに勝たないといけない構造になっていますが、私はこの構造に疑問が湧きます。
経済中心社会と人間中心社会、規範社会と関係社会。
ここはちょうど日本の課題にもなっているかと思います。
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回答としては、幸不幸のバランスは、哲学的な真理の話ではなくて、人間の認識を操作することにより、ある程度は動かせると考えられます。
(例 宗教。「いま見えているこの全ての景色は、全て貴方のためだけに、神が与えてくださったものだ」)

信じ越える

ニコラ・テスラ

そら

pophat
ほんの小さな幸福でも1回あれば今日は良いことがあった日でしかなくて、毎日が幸福であることが難しいって考え方が不幸を探してしまうのかも。
幸福も不幸も感じる力でしかないので、両方バランス良く見付ける力を鍛える事に何の意味もないとは思います[ほっとする]

夏目
苦労もそれなりにしたけど、なんやかんや楽しかったなって終われる人生がいい。
数年前まで、結構ハードモードで不幸続きだったので、代わりにこれから先はしばらく幸せが続く!って言い聞かせてる。
今は努力はするけど、断る時は断って余計な苦労を負わないようにしてます。

〆さば

コウ·アガサ
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