怒りとは、本当にただ抑えるべきものなのだろうか。それとも、見えにくいズレや違和感に気づくための働きなのだろうか。
怒りとは、ただのイライラではない。
「それは違う」と気づいたときに生まれる、ズレや違和感を知らせるサインである。

よん
ソマチッド

サト
どのレイヤーをどう扱うか次第かなと思う
長くなるので気が向いた人だけ読んでね
一次感情としての怒りはそもそも抑えられるものではない、発現してしまうもの、ここを無理に抑えるのは精神的に危うい
抑えるべきは二次行動としての怒りで、ここをセンサーとして扱うのも周囲への影響として危うい
理想としては一次感情としての怒りをセンサーにすることで二次行動としての怒りをコントロールすることかなと思う

〆さば
→抑える「べき」ではないが、一般的にはその方が上手く回ることが多い。処世術の類。
怒りはサイン
→
自分にとって守るべきものが何なのかを教えてくれる。大事なもの探知機。防衛本能。

jwB
答えは人がまとまり問題を解決し続けるのが
大事 今の世の中はそれがし辛いのがこの世界

蘇我靈眩導師准尉
その感覚は習慣や価値観に依っている。
こう言う事に気がつくとこの質問の通り「ズレや違和感に気付く為の働き」とも言える。

おさかな
抑えるべき時は抑え
開放すべき時は開放する
感情をコントロールする事が人間である意味を持たせていると思う
さんかく
活動する起爆剤にもなるが
ただよくない方向や特定に向けず
自分のやる気の方向に向ける必要がある
そして時間が経つと薄れやすい

ノゾ
我々の動物の部分が発する、ただのリミッターはずしのための衝動。
怒ることで有利になりうるのは、せいぜいがちゃがにゃとした肉弾戦で、つまり獣として振る舞うときだけ。
違和感への気づきは、洞察による。
勇気の発生は、信念や計算や名誉であって、怒りに依存しない。
怒りは他者からの敬意を失わせ、和を乱し、冷徹な計算を狂わせ、観察力や洞察力といった機能を低下かせるばかり。
百害あって一利なしの見本のようなもの。
怒りは、常に抑えるべきもの。

