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人間は、複雑な哲学書を理解することはできるのに、なぜ隣人を理解するのは難しいのか。

ベクトル

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その二つの例だと理解の意味が違いませんか…?
「隣人を理解する」の意味だと複雑な哲学書を完全に著者の意図通りに読み取らないといけないと思うのですが、それは絶対に無理だと思います。
「複雑な哲学書を理解する」の意味はどちらかというと「解釈」が表現としては合ってると思い、「隣人を解釈する」ということはあまり難しくは思えません。このように私は直観しました。
哲学哲学
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風の音

風の音

アインシュタイン自身が「相対性理論を本当に理解している人はいない」と言ってるように、哲学書を読んでその思想・思考の内容だけを理解したとしても、その度合いやそこに書かれている以外の「概念」までを理解できるのは、本人レベルじゃないと無理だと思います。

複雑な哲学書を読んで理解した気になってても、それはテーマに関する論をその人レベルで解釈しただけであり、その人の哲学全てを理解しているわけではないと思います(書物が増えれば理解は深まっていくと思いますが)。

隣人への理解も断片的にしか解釈できないのは、隣人もさまざまな哲学の書物を脳に貯蔵しているからかな?[笑う]
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Métis

Métis

哲学は言語の世界だから時間掛ければ理解できますね。せも他者のことはとても理解するのは難しい。想像力を働かせるしかないですね。
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ハリー

ハリー

隣人には何も書かれてないからだと思いますよ。
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ハラミニク

ハラミニク

隣人読めないし
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ちゅん

ちゅん

人間同士 理解し合うことは困難である
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夏目

夏目

哲学書との比較
本は、手元にあれば何度でも読み返すことが可能。内容を理解することに時間がかけられる。
でも隣人との特に会話は、その場での理解と反応が求められる。
その時の話し相手と、価値観や経験が同じとは限らない。
価値観の相違があった時に、「この人は私を理解してくれない人」という判断になるのではないか。
他人への期待が強い人ほど、その落胆は強くなる。
ただ、理解し合えないというよりも、それはただの価値観の違いである。
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ひかる

ひかる

哲学書だとか「本」の形態を取っていれば、理解可能なものを選ぶこともできます。また、少なくとも本という形で言語化が完了しており、後は作者の生い立ちや時代背景を勉強するなど、理解するための道筋が比較的明らか。

対して隣人は、そこに誰が来るか分からない、という未知性がありますね。

なお、難解な哲学書がいつも複雑かというと、そんなことはないと思う。複雑というよりも、抽象性の高さが難解さにつながっているのではないかと。複雑という単語からは、要素数の多さを感じさせるが、そういうことではないと思う。
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サト

サト

その哲学書の理解をその隣人に問いかけてみたら同じ解釈になるかな?
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ラズー

ラズー

哲学書は読んで理解しても納得までいかないことが多かったです。

近隣住民との生活トラブルは、私は折れる方なので何とも思わないです。
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