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質問の内容
議論の「決着」は、当事者間だけで完結し得るものか。
先日、あるテーマで議論をしていた際、互いの前提や論理の進め方が食い違い、平行線のまま幕引きとなりました。 一方は論理的な整合性を重視し、もう一方は感覚や別の価値観を優先する場合、当事者間での「決着(合意や納得)」はそもそも可能なのでしょうか。それとも、議論の正当性や成否は、常に第三者の客観的な視点に委ねるべきものなのでしょうか。皆さんの考えをお聞かせください。
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よつき
2026/04/02
並行線という結果に辿り着けたらそこで一旦は決着してるので、当事者間での議論は終わり
合意や納得しないといけないわけじゃないし、並行線を許すことが多様性だと思う
哲学
88
ちゅん
2026/03/28
議論の内容にもよると思うけど わだかまりがあると問題
哲学
6
憂い顔の騎士
2026/03/28
「決着」でなくて「妥協」では、
結局、白でもなく黒でもなく、灰色でおさまるのでは
哲学
5
サト
2026/03/27
場合によると思うけど
職場の方針とか週末の約束とかだと
片方が折れる形であっても合意は必要
ただ思想とか考え方に対する議論であれば
そういう考えもあるんだね
というのもひとつの決着としていいと思う
哲学
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よつき
2026/04/02
並行線という結果に辿り着けたらそこで一旦は決着してるので、当事者間での議論は終わり
合意や納得しないといけないわけじゃないし、並行線を許すことが多様性だと思う
哲学
88
ちゅん
2026/03/28
議論の内容にもよると思うけど わだかまりがあると問題
哲学
6
憂い顔の騎士
2026/03/28
「決着」でなくて「妥協」では、
結局、白でもなく黒でもなく、灰色でおさまるのでは
哲学
5
サト
2026/03/27
場合によると思うけど
職場の方針とか週末の約束とかだと
片方が折れる形であっても合意は必要
ただ思想とか考え方に対する議論であれば
そういう考えもあるんだね
というのもひとつの決着としていいと思う
哲学
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