『人生の価値』は、どのような評価軸で、誰がその評価を行うのか?
哲学コミュニティなので、理由や深堀りの併記を歓迎します。

kazu
その評価は、日々の自分自身[にこやか]

サイゼの小エビ

きーさん
見た人にとって「価値があった」と感じられたら、当人にとっては価値がある。
「人生の価値」という価値基準自体が、映画をどう評価するのかという領域に近いところにある気がする。

花粉症

〆さば
人生の価値とは自ら意味付けすることだが、自分では確認できない厄介なものだと感じました。


並行次元

ノゾ
競争し、共存し、進化し、受け継ぎ、何億年もかけて少しずつ何かにむけて這い寄るのが我々で。
生命全体が遺伝的に、または習慣・文化的に「在り方」を受け継ぎ、他人と関わる中で影響を交換し、仕事をして経験を得てそれに足してゆくあまりにも大きな流れの中の、例えばアインシュタインであれ大谷翔平であれ、ただの小さな一滴。
価値などいちいち気にせず、ただ「受け継いで、生きて学んで、後に託す」という為すべきを為せばいいだけだと思う。

BEVEL(べヴェル
その人にとって他人の人生なんて関係ないわけだし他人もまたその人の人生なんて関係ないわけだから[にこやか]
ただ評価に関しては自分とは別に身内や身近な人が評価を行う事が多いね[ほっとする]
コレ哲学の話しなの?[冷や汗]

そら
ポジ、ネガで変わる軸があるぞ。
回答は、俺がポジティブな評価軸で評価する!

ふー
人生の価値が何かハッキリしているものではないので評価の基準や観点が決められているものではない。
評価者について
決められた人はいなく、身近な人から第三者まで
それぞれの解釈で様々でバラバラな評価になると思われます。
私が思うに
人生の価値とは人によって様々だと思われます
例えば
人の為に会社を設立し社会貢献した規模、
人を救う為に医者となり救った人数、
人の心を支える為に歌や本で笑顔にした人数、
利己的価値に金や権力者や資産、
個人的な視座や精神レベルや悟りというより
利他的に活かした大きな影響力が
評価ではありませんが
称賛されやすいように思われます。
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