自分自身を観察する時、それは主観的視点か、客観的視点か。
内から見るか、外から見るか。

正宗(ろー)
この場合、メタ認知や客観視のような機能も、厳密には自己という主観構造の中で行われているものなので、客観的視点として扱って良いのかが気になりました。
☛準客観のシュミレーション装置
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常時メタ認知タイプ(デセンタリングが常時ON)の方は、
よほど特定の場面で何かに没頭していない限り、常に『感じる自分』と『観測する自分』がいて、自分の前意識から生じる感情や思考を監査・モニタリングしていると思います。
私の場合になりますが、自己観察を主観的に行うがよく分かっていないと思います。
痛みや怒りに関しても主観ではなく、客観的に観測しているので、『辛さ』という主観的感覚がよく理解できていません。
一方で、疲労に関しては主観的にある程度知覚できています。
ただし、慢性疲労に関しては主観的にも客観的にも知覚できていないと思われます。

夏目

くま男爵

若
ですが、自分を自分で見てるということは、やはり思考は自分自身であるので、客観的に見ようとはしてるものの、それはやはり主観であり、言い換えるなら
『客観的であろうとする主観』
なのだと思います。
知らんけど。
(ー_ー)スーン

憂い顔の騎士
ティリル
自分自身を観察する時は「視野」が広がっている気がします。
主観的ではあるものの、例えば自室の中の自分とは違い公共の場の中での自分、という具合に。
「自分を客観視」=「主観視の視野を広げる」というイメージです[にこやか]

パン

花粉症
かさじぞう
また、その鏡は全て等しく歪んでおり、真の意味での客観視はできない。つまりみんな等しく人の主観ってこと。

いしのみ
どこまでいっても主観だよ、そんなもの。
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