なぜ多くの人にとって「言語化」は難しいのか?

シフ
『言語化を求められる時は言語化が難しい』だけだよ。既に言葉に出来ている内容は言語化なんて求めない。
聞いていて分からない時に言語化を求めるけど、つまりは『説明が難しい時』だ。
そして最終的には『言語化がどこまで出来るか試して壁にぶつかる』。ハードルを上げ続けるんだからいつかはぶつかるのよ

冬寂
また、「多くの」とか「難しい」との前提は、どこから?

ナタデココ
AskA

正宗(ろー)
言語化前の心や頭の状態は前意識的で、心にアクセスし、さらにそこから言語化という二段階を辿るため。
つまり、
水の中にあるパズルのピースを集めるために、パズルを完成させるために、
❶素潜りで水中に入り、
❷かつ、目を開けてピースを集め、
❸それを組み合わせてパズルを完成させる
ようなことを脳が処理しており、複数の脳領域に跨るかなりの高負荷の作業です。
(高知能とされるチンパンジーでも文法に則った言語体系は持っていない)
水に潜るのが上手くても、パズルを組み立てる能力は別で、
パズルを組み立てる能力が高くても、水に潜る能力は別に要求されると考えます。
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[星2]深掘り
また、場面緘黙症のように、特定場面で言語化できなくなったり、
認知症の方が上手く言語化できなくなったり、言語は認知処理における高次機能だと考えます。
さらに、
言語化しながら、自分の発話が他者に与える影響を常にシュミレーションしないといけないので、こちらはワーキングメモリを大きく消費します。
この場合、言語化能力自体は高くても、ワーキングメモリが競合し、相手に配慮できなくなったり、言語化が上手くできなくなったりします。
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日本人は、よく、英語を話せないという人がいるのですが、単語レベルでは話せる人は多いです。
そして、それでもかなり伝わります。
実際には流暢に話そうとして、その結果文法を組み立てられなくて、発話に窮するとなるのですが、これは求められる水準に合わせないとという意識が無意識に働いており、『伝える』よりも『上手に話す』が優先された結果でもあります。
日本は話し方が上手じゃなかったり、言語表現が巧みでないと、マウンティングする方や誂う方もいるので、こういった社会的学習から『上手に話さないといけない』という制約が心の中に生じやすい可能性があります。
「自分の言葉でいいから、思ったことをそのまま話していいよ」と娘に伝えた際は、言語症がある娘でも言葉は出てきました。
コミュニケーションは、リズムや内容や粒度の『同期』が求められますから、この『同期』意識という社会性が、逆に言語生成の阻害要因になっている可能性もありそうですね。
まとめると、
心や前意識へのアクセス、頭の中でパズルを組み立てるような言語処理、相手との同期、関係性の調整を、『同時並行』的に
ソマチッド

冷泉院ラグドメゼギス
普段から磨くどころか使っていない能力を発揮するのは、そりゃあ難しい。
ヤバいエモいメロいキモいで終われちゃうでしょ大体。

あおいろサングラス
思考は言語と繋がってて、思考と言語はセット。思考は意識で、感じるは無意識。話ズレるけど、意識は計算機で、スーパーコンピュータなのは無意識。無意識の領域の方は閃く、映像やイメージ。それを言語化するにも語彙力が必要。太宰治も言葉にすると、多くがこぼれ落ちる、うそになる、のようなことを言ってた

憂い顔の騎士
「感覚」は「言語化」により、固定観念になってしまう

tk
私の「言語化」の定義は、記憶同士に紐付きが無くても、各記憶の共通点を上手くまとめて発信する事としています。
まとめて発信するためには各記憶をイメージの中で実体化し、ありのままの情景を伝える意識が必要で、「言語化」に長けている人はコレが上手い印象です。
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