なぜ多くの人にとって「言語化」は難しいのか?

豆腐の人生に乾杯
認識はできていても言語化し難いのだとすれば、
その2つの要素が足りないからなのではないでしょうか

ぷーさん
ある程度"言語化"できるようになるには、【自己理解を徹底的にする】というプロセスを踏む必要があると思ってる
だが、多くの人にとってこれは案外難しい
何故なら、
自己理解というのは、時に自分自身を客観的に見て否定的な視点で捉えて分析したり、整合性は取れるのか?等の確認工程があるから
他者の何気ない一言で傷ついたり、不快になってしまう人では、このストレスに耐えきれない
つまり、
自己理解を深めるために、必要だった自分自身に正論の刃を向け続けるという行為の末に、獲得するスキルが【言語化】なのかなというのが今のところしっくり来てる[ほっとする]
げるん

ニギニギモキタ

かずら
言語というものは定義付けされているように錯覚するが、
あくまでも『個人イメージ』との紐付けの平均値であり、
個人間では当然個々の言語接続イメージが優先される。
何より、事象や現象などで、言語化されている部分はごく僅かで、未定義な領域がまだまだ山ほどある。割合としては未定義の方が圧倒的に多い。
それらの性質により、『言語化』というのは『簡素化』や『情報量の削減』を伴うので実態と離れやすく、その双方の誤差を踏まえた言語化が何より難しいのだと思う。

オジロボ

中山志音
麦滝陽平(二代目
ガー

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