なぜ多くの人にとって「言語化」は難しいのか?

りんのすけ
その結果を検証して言語化していくとか……

ぷーさん
ある程度"言語化"できるようになるには、【自己理解を徹底的にする】というプロセスを踏む必要があると思ってる
だが、多くの人にとってこれは案外難しい
何故なら、
自己理解というのは、時に自分自身を客観的に見て否定的な視点で捉えて分析したり、整合性は取れるのか?等の確認工程があるから
他者の何気ない一言で傷ついたり、不快になってしまう人では、このストレスに耐えきれない
つまり、
自己理解を深めるために、必要だった自分自身に正論の刃を向け続けるという行為の末に、獲得するスキルが【言語化】なのかなというのが今のところしっくり来てる[ほっとする]

しん
人の経験が、そもそも言葉より先に生まれているからです。
私たちはまず、
違和感や空気、感情の揺れを“感覚”として経験する。
言葉は、そのあとから追いつこうとする。
でも言葉は、本来、曖昧で連続したものを区切るための道具です。
だから、どれだけ言葉を尽くしても、経験そのものとは少しズレる。
「ちゃんと伝わらない」と感じるのは、能力の問題というより、
感覚そのものが、もともと言葉に収まりきらないからです。
つまり言語化とは、
内面をそのまま外に出すことではなく、
言葉になりきらないものへ、無理にでも形を与えようとする行為なんです。
だから難しい。
人は、言葉で生きているというより、
言葉にしきれないものを抱えながら生きているから。

SUZUME
慣れている普通以上の人』は
『言語化が得意ではない
普通以下の人』からすると
言語化した事が無い言語は難しく、
効率を重視した配慮の足りない
難しい単語や横文字は
『抽象度』を合わせて
崩して話してもらわないと
速すぎて
追いつかないのである
と考えます。
ソマチッド

憂い顔の騎士
「感覚」は「言語化」により、固定観念になってしまう

豆腐の人生に乾杯
認識はできていても言語化し難いのだとすれば、
その2つの要素が足りないからなのではないでしょうか

かいけつゴスロリ

ワシじゃよ、猛禽猛禽
それを他人への伝達に用いるかはさておき
すなわち、思考そのものと完全に一致する言葉があるとは限らない
そこでどうするかと言えば、具体化したい内容の細部を削って、言葉の型にはめる
そして、出力する
この捨象は、言葉を多く知っていたところで身につくものではないだろうから、難しいのだと思う

かずら
言語というものは定義付けされているように錯覚するが、
あくまでも『個人イメージ』との紐付けの平均値であり、
個人間では当然個々の言語接続イメージが優先される。
何より、事象や現象などで、言語化されている部分はごく僅かで、未定義な領域がまだまだ山ほどある。割合としては未定義の方が圧倒的に多い。
それらの性質により、『言語化』というのは『簡素化』や『情報量の削減』を伴うので実態と離れやすく、その双方の誤差を踏まえた言語化が何より難しいのだと思う。
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