説明を聞いて納得することと、実際にできることは同じなのでしょうか。
ここでいう「納得」は、説明を聞いて筋が通っていると感じる状態を指しています。
一方で「できる」は、実際の行動として再現できる状態を指します。
頭で理解していることと、身体や行動として扱えることは同じなのでしょうか。
また、どこからを「できている」と言えるのかも気になっています。
kaede
口ではプロ並みに説明出来ても、じゃあお前がやって見せろ!って言われたら、不器用で出来ないとかあるある🤣
サキ
そういう意味で、納得する、させるのは実際にできるようにするための手段かな
どんなにぶっ飛んだ説明でも、納得させてしまえば信じて突き進む指針になるし、信じる力は実現するための大きな力になると私は思う

ゆき
ある程度賢い人やないと伝えるのに
時間がかかる

みきや

ぬらぺっちょ
実際にやって出来るようになると、繰り返すうちに回路となる。
回路が作成されると、回路は自律的に最適化していく。理解を考える事なく。
「歩く」は手の振り、足首、足指他様々な細かい動作が必要だが、それらが意識される事なく最適化されていく。
そうゆう回路を幾つ持っているかも意識する事ない。

妄想オヤジ

コーユー
私は、理解には段階があると考えています。
知らない → 知る →(納得する)→ 説明できる → 実践できる → 応用できる → 極める
この中で、「納得」は“筋が通っていると分かる状態”で、知ると説明できるの間にあります。
ただ、納得していても実践できるとは限りません。
特に「説明できる」と「実践できる」の間には大きな壁があります。
頭で分かることと、実際に再現できることは別物だからです。
では、どこから「できている」と言えるのか?
それは、目的を再現性をもって達成できる状態だと思います。
そして面白いのは、役割によって「できる」の意味が変わることです。コーチは説明できれば価値がありますが、選手は実際にできることが求められます。
「分かったつもり」と「できる」は違う。
この差を意識するだけで、学び方はかなり変わるのではないでしょうか。

和也

あおいろサングラス

サト
まず理解できているか
それに納得しているか
動かせる身体はあるか
行動する勇気があるか
やりきる意思があるか
ただ、それらをすっ飛ばしてもできてしまう
本能とか反射とかもあると思う
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