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命に触れた時の感覚はどう言語化出来るか?そもそも言語化が必要か?

冬寂

冬寂

命に触れる、とは?具体的に
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ゆー

ゆー

言語化は知性を持つものの特権であり、言語化を回避するのは思考を停止させただけのコミュニケーションの放棄
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ひろ✨

ひろ✨

命に触れたことがないのでよく分かりませんが(笑?)、感覚を正確に言語化するのは不可能かと思います。例えば「尿意」(ふと尿意を感じたので笑)を言語化するのは、誰しもが感覚として感じているはずなのに、言語化ができないと思います。比喩、例えば、「痒いが痛くない神経痛のようヒューっとした感覚」などと表現できるのかも知れませんが、やはり、感覚は個々人が感じる一現象なので、一般的に理解可能な言語化は不可能かと思います。

斜め下からの回答失礼しました。
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🍡

🍡

あったかい!
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夏目

夏目

はじめて猫に触れた時、温かいと思った。
命は体温だと思う。
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ふー

ふー

本能的に言葉より体が反応する気がします。

後に言語化できるとは思います。
ヤバかった、凄かった、悲惨だった、悲しかった
等の感想としてか、状況によりますがギャーとかうわー、誰か助けてーぐらいだと思われます。
誰かに伝える必要が無ければ言語化は必要ないかもしれません。

私は凄い衝撃的な事は言葉に出来ない
言葉の壁を越えるから
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しんや

しんや

言語化は困難であると思います。

外郭として、我らの五感はセンサーとも道標ともなりますが、本質に触れている実感はありません。
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宵花月

宵花月

命に触れた感覚は、
言葉にしようとした時点で、すでにずれてしまう。

触れた瞬間には、
名前も意味もまだなくて、
ただ在るだけのものだから。

だから、本来は
言語化しないほうが正確だと思う。

それでも言葉にするのは、
必要だからというより、
残さずにはいられないからだと思う。

触れたものそのものは残らない。

だからせめて、
ずれてしまった形でもいいから、外に置く。

言葉は、再現じゃなくて、
触れたあとに残る痕跡なんだと思う。
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儿(じん)

儿(じん)

誰かに伝えたい時、又は作品として表現する時には言語化する必要がある。

因みに、自分は身内の赤子のほっぺを触った時は食べたことないのに水饅頭かと思った。
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サト

サト

多分言語化はかなり難しい
バイクでコケた時の「死ぬかと思った」
これは言葉では言い表せない
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