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理解とは、「対象そのもの」を捉えることなのでしょうか。それとも、「対象の関係性や構造」を捉えることなのでしょうか。

ここでいう「理解」は、 対象を把握し扱える状態を指しています。 要素単体の把握と、 要素同士の関係性の把握は、 同じ理解と言えるのか気になっています。
たらん

たらん

難しいことぶっ込んでくるね

それぞれ人には尺度があるからね
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正宗(ろー)

正宗(ろー)

❶語彙理解と文意理解と内容理解と影響理解がある。
❷また、グラフ理論の、
・ノード的理解
・エッジ的理解
・グラフ的理解

と、
・時間軸

で整理できると思います。
(厳密には“圏”を扱った方が良いが、『深度』で代替します)

┈┈┈

自転車の点滅ライトを例に記述してみます。

▸ 自転車が夜間走行するにはライトが必要
▸ 道路交通法的には公道走行に点滅ライトは不可
▸ しかし点滅ライトを使っていても警察に取り締まられないことも経験則で学習している
▸ 点滅ライトは本来山道を走行する際に自己の存在を対向車や周囲に知らせるためのアピール的な効用を持つサブ照明
▸ 点滅ライトは都市部で使うには刺激が強く、対向車や歩行者の中には光害に感じる者もいる
▸ 自分が点滅ライトを都市部で使っていたら、それ。真似する者が出てくる可能性もある

┈┈┈

点滅ライトの他の例えだと、香水が使えると思います。
▸ 香水の匂いの知覚
▸ 自分の香水の匂いが、相手にとって好き嫌いになるかの理解
▸ 使用量が多かったら香害になることの理解
▸ 嗅覚は耐性があるため、常用していると使用過剰になりがちなことを理解
▸ カラオケや学校のクラス、電車の車両の中で香水を使用したら周囲の人に迷惑になることの理解
▸ 自分にとっては好きな匂いでも、その匂いには個人差があることの理解
▸ 狭い空間で香水を使用したら、その匂い(臭い)がどれだけの時間影響するかの理解𝒆𝒕𝒄.

┈┈┈

ここに、以前の問いで、回答した『車の理解』のように、深度も関わると考えます。

https://api.gravity.place/gravity/url/dQmCc

┈┈┈

批判についても同じように説明でき、
例えば、
❶批判を語義的に解する(語彙理解)
❷命題や論理としての批判ができる(内容への批判①)※こちらは論理の理解に近い
❸文意や内容への批判ができる(内容への批判②)
❹批判が相手に与える影響(エッジ)
❺批判が場に及ぼす影響(グラフ)
❻批判が場という生態系形成に及ぼす影響(グラフと時間軸)

た一般的に批判を行うときは、❸までしか扱わず、❹は個人差、❺や❻に関してはほとんど意識にすら上がらないことが多いと思います。

批判の例で言えば、
言語理解と言語行為理理解にも分けられそうです。
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いきもの好き

いきもの好き

分からないなぁ
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まさたか

まさたか

「『対象そのもの』を捉える」のは認識、「『対象そのもの』の構造」を分解や解析して知識として飲み込む事を理解、「『対象そのもの』と周囲の関係性」を分析、影響を捉えるのが把握だと思います。
把握については、「対象そのもの」を理解しておく必要はあると思います。
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〆さば

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どうなれば扱えるのか。
単体理解が構造を包含するのか、それとも構造把握と単体理解は別軸なのか。
案外同じ事を別の言葉で言っている感覚がありますね[にこやか]
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サウンドモリ

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理解とは、構造を見抜くことやそれらを適切に扱える事だと思います。
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ふー

ふー

理解の範囲は関連性を広げると情報量が大きくなって、ポイント的要点だけなら小さいです。言葉で細かく範囲が指定がないので理解という行為にすぎない言葉になっていると思います。

理解だけの言葉だとその人の主観よって範囲等がバラバラになると思われます。
どこからどこまでハッキリしているとわかりやすいですね
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たんたん

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対象そのものではないと思います
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コーユー

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私は、理解には必ず「分ける(要素を取り出す)」工程が含まれると思っています。

分析のような理解はでなく、統合や意味づけのような理解であっても、取り出した要素をつなげたりラベルを貼ったりする行為なので、前提として“分ける”があると考えます。

そして、要素を分けるには「違い」を見る必要があります。違いを見るということは、他との比較=関係性を前提にしているということです。

つまり、単体を理解しているつもりでも、実はすでに関係性を使っています。だから「完全に単体だけの理解」は存在しないのでは、と思っています。

一方で、単体の理解は“性質・特徴”といった静的な視点、関係性の理解は“時間・因果”といった動的な視点。

見る軸は違いますが、どちらも同じ「理解のプロセスの中」にあるものだと、私は捉えています。
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ゆき

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対象と自身のつながりの思い込み
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