経済的価値や社会的価値を持たないものに価値を見出すには、どのような思考や感性が必要なのか?
江戸時代の大トロ
評価される前のゴッホの絵
子供の才能
人間の潜在才能 𝒆𝒕𝒄.

Akira777
評価するのかによるよね。
一つの物差しとして自分がどれだけ嬉しくなるのか。これは個々人で全く違うからこそ価値があると言える。

蘭
私は、お金では、買えない価値…それは、心だと思ってますね!
心は、目に見えないのに、感じる感性!
思考次第で、幸せにも成れる!
何もかも…失った時に…残る物
ゆう
方法を問われていると思ったのでこの場合感性はそれほど必要なく、直感にいかに従えるかと考える。

ろひたば

まさたか
ルールやモラル、正義、価値観は育ってきた環境で人各々の中で違っていますが、刑法や民法で逮捕や告発される方々は驚き、ニュースを見た方々は笑うかもしれません。
驚いたり笑った方々は刑法や民法に触れていない可能性が高く、実際にはやってはいけない事をして当然という思考や感性が必要だと思います。

憂い顔の騎士
経済的価値や社会的価値は、他人が勝手に下すことだから

はち
現代では、以前に比べて経済的、社会的価値を持たないものに対して自分なりの価値を抱くことが難しくなってきたような気がする。昨今の激しさを増す資本主義社会や、SNSなどで他人の価値観が簡単にみえる社会により、価値観の固定化が進んでいる。仮に自分なりの価値を見出したとしても、その気持ちに蓋をしたり、間違っていると捉えてしまう。お金にならなくても、他人と違っていても、自分がいいと思ったものをいいと思える人間でありたいし、他人の価値観を簡単に否定しない人間でもありたい。
トッキボー

〆さば
言わば誠実さへの意志が必要ではないだろうか。

もか
①価値=役に立つもの、という前提を外す
経済的価値・社会的価値は
「他者によっての有用性」で計られる。
でもそれは価値の一部でしかない。
「存在しているだけで意味があるか?」
という問いに切り替える必要がある。
②主観的価値を許容する感性
「説明できない=価値がない」ではなく
「説明できないこそ価値がある」
という感性
③観照的視点(評価しないで見る)
通常は
「役に立つか?意味あるか?」で対象を見るけど、
それを一旦止めて
ただそこにあるものとして観る
解釈や評価を差し込まない
この状態に入ると、
価値を判断する前の純粋な感覚が立ち上がる。
④時間軸を拡張する思考
短期的には無価値でも、
・長期で意味を持つ
・個人にだけ影響する
・誰にも共有されない価値
こういうものを含めて考えられるか。
⑤「意味は発見するものではなく、与えるもの」という理解
価値を「あるかないか」で探すと見つからない。
でも
自分が意味付けた瞬間に価値は発生する
という前提に立つと、
どんなものにも価値を見いだせるようになる。
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