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表現の逸脱の境界線はどこにあるのか?(本文あり)

一般的な逸脱(例えば犯罪とか)はイメージつきやすいです。しかしこと「表現」になると、例えば芸術活動ですが、線引きがメッチャ難しい。研究なんかもそうです。倫理や規範はこのカテゴリには効かない。であればそもそもそこに線などないのか?線が無くて困る事は何か?うーんと考え込んでしまいます。
ベクトル

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元から境界線が有るとは思わない方が良いと思いました。研究も芸術も人間が勝手にやってる行為ですし、境界線も人間が勝手に決めるものと私は思いました。問題は境界線が人間に決めれるかというところですが…。
哲学哲学
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こうた

こうた

モグモグ風林火山
意味のある言葉と、意味のない言葉の繋ぎ合わせ、しかし、表現として使う分には使う場面によって、意味があるように思わすことができる。という意味がありそうでない文章
哲学哲学
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春蕾

春蕾

表現をすることで犯罪的な考えを消化できるとしたら線引きって難しい気がする。
哲学哲学
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Hurt

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時代 時世の解釈
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ちくわ

ちくわ

受け手に過度な不快感を与えるならもうアウトだ
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勇者王Himmel

勇者王Himmel

表現の自由を曲解している、
(東京放送やテレ朝のような)デマや捏造じゃね。
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サト

サト

多数決なんだろうなと思う

結局は視聴側の快不快の問題で、そこは人それぞれ
例えば直近の災害とか事件次第で不謹慎と言われたり

じゃあ発信側がどう判断すればいいかといえば
「これを言ったら燃えそうだな」という危機管理かな
あとは配信プラットフォームのガイドライン次第

結局明確なラインは無い
誰がいつ何処で何を言うかに寄ると思う
哲学哲学
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