なぜ人間は平気で矛盾した思想を説き、矛盾した言葉を使ってなんとも思わないのでしょうか。

Patrick
気づいてない、
もしくはあたりまえになってる
からかなー
私はその矛盾,人間味があって好きですけどね
”矛盾”を気にしてること自体が人間特有ですよね

パン

KINO KO
矛盾は成立すると言っても矛盾
真理は矛盾の中にあって人間にはそれを完全理解できないだけの話です
真理の一部に気付けても真理は分からないですしそもそも真理って何ですか?

正宗(ろー)
哲学史は過去3回の大転向を行っていて、言語論的転回から、次は『圏論的転回』になるのが妥当と考えています。
哲学的議論や命題哲学の大半、基本的人権 ⇄ 公共の福祉 の整合性等は、“圏”を想定しないことから生じていると考えられるからです。
例えば、
▸ 『大学哲学を哲学と認識している人』と、
▸ 『哲学には営為としての哲学と学問としての哲学があり、Philosophyは和約すると哲学だが、Philosophy≠哲学であり、哲学研究≠哲学≠Philosophyと認識している人』とでは、
『哲学』の認識に相違が生じているのですが、こらはどちらが正しいかということではなく、
❶圏を想定しないまま、
❷ハーバーマスのコミュニケーション論的な参加目的や動機が不可知のまま、
❸ウィトゲンシュタインの言語ゲーム的な語の使われ方とその人の中での位置付け・スキーマ・サリエンスが不可知のまま、
❹ゴフマンのフレーム的な状況理解の枠組みが不可知のまま、
❺そして、彼我でこれらの差異があることが不可知のまま、
話されるから生じているものと解しています。
┈┈┈
論理式的な矛盾もたしかに存在しますが、多くの命題は、『圏のズレ』から生じる偽矛盾も存在すると考えられます。
命題というのは、ある圏の中で真となっても、その圏を包含する圏の中で扱うと、簡単に偽になる場合があります。
(慣性系と同様の仕組み)
そして、人間は圏を認識しないまま、自己が認識いる圏が不可知のまま、彼我の圏認識の差異が不可知のまま議論や命題を解くという営為を行いますから、ここで多くの『ズレ』が起きていると考えます。
┈┈┈
矛盾は人格的要因や未熟に帰結させるのではなく、私は『矛盾が起きる仕組みや構造』の方に興味があります。
そのように考えると、問題に対する誤回答も、矛盾も、知的探究を行うにあたってのヒントになると考えます。
例えば、『交通事故が多い交差点』は、これは『運転が下手』という推定も持ってこれますが、『その交差点には事故が置きやすい何かがある』という推定も持ってこれると思います。
そうすると、『矛盾が生じやすいところ』には、人間の認知様式や概念未整備から生じるナニカがあるでしょうから、やっぱり私は矛盾そのものよりも、矛盾が生まれる


憂い顔の騎士

Lily

むかで

サルコすくすく

風の音
矛盾した思想を同一人物が説くのは、単に自分の発言を忘却していたり、その場逃れだったり、相手の懐入目的だったり…
「イカゲーム」のアメリカバラエティー番組に参加している人たちは、456億ドルをかけてそれらのどろどろした思考や嘘がどびかい面白いですので、観てみてください[笑う]
理由は、「脳の本質」じゃないでしょうか
何かを考えたら、その反対のことを考えて「可能性」「対応能力」を高めることができるのは、今のところAIでは不可能です。
言い換えれば…
「一度自分が考えたことが現実的に無理なのにそれに応じた対応ができず意固地でいると、必ず軋轢が生じる」
ため、自己矛盾を受け入れられなければ同じ思想グループ同士での争いになると思います

ひたち
意外と完璧に矛盾してることを言うのも難しい気がします
大抵、範囲の限定を欠いてるから起こってると思います
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