人はなぜ「わからないこと」を不安に感じるのでしょうか。
わからないこと自体が怖いのでしょうか。
それとも「先が予測できないこと」が怖いのでしょうか。
みなさんはどう思いますか。

comesunday
空中ブランコは、安全策を講じずに失敗すればほぼ確実に死亡する危険な行為ですが、失敗として発生しうる状況や失敗時にどうなるかの範囲予測は難しくないので、所定の場所に所定の規格に則した安全ネットを設置するなどの対策ができ、リスクの大きさのボラティリティは小さいといえます。
それに対し、何もないのか、落とし穴があるのか、地雷原なのか、危険な生物が潜んでいるのか、全く分からないと知らされている浜辺を歩くことは、対処が決めることができず、得体のしれない恐怖があります。これはリスクの大きさのボラティリティが大きいといえます。
より実体験的な例として、ジョブ型雇用で責任に応じたPay grade(≒給与水準)と職能が明確な海外の会社と、メンバーシップ終身雇用、年功序列で責任範囲が曖昧ながら、均質で行き届いた義務教育のおかげで誰もが何やってもそこそこ優秀な日本企業との、担当者の意思決定における傾向としての違いがあります。
経験的に、日本企業を顧客とするエンタープライズ営業案件では、APACや欧州(経験ないけど多分、北米や中南米も)の企業より、提案に含まれる技術的詳細やコーナーケースを含むリスク要素や対処について、顧客担当者が「腹落ち」する理解ができていないと決裁の上申に進まないことが多かったです。
社内での担当者の責任範囲が曖昧だと、裁量や個別対応のきめ細やかさ、柔軟性において有利な反面、意思決定に伴う担当者個人の責任リスクのボラティリティが大きくなり、自分で決めることに不安を感じやすいのだと思います。

ひかる

ラズー

トリア🐕

春蕾

ホセ
妖怪だって陰謀論だって大した違いはなく、不可解なことをどのようにして納得するかだとおもいますね。
だから、刑事ドラマは無くならないし、サスペンスって宙ぶらりんってことらしいから問題は地に落とさずにはいられない生き物なんだと思います。キリン、ゾウなどの多科型な草食動物では

ねこらむ
実際に困難や失敗した後なら『出来事の分析』、『挽回策への思考転換』や『立ち直り』をするチャンス自体は発生しますから。
『わからかいこと』はそういったチャンスや事象の分析すらさせてもらえないものですから、安心出来ないんだと思います。

ゆき

サルコすくすく

SSかずのり
でも、「わかる」ということ自体が自信というか、感情論な気もするから、一概には言えない😅
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