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人はなぜ「わからないこと」を不安に感じるのでしょうか。

わからないこと自体が怖いのでしょうか。 それとも「先が予測できないこと」が怖いのでしょうか。 みなさんはどう思いますか。
ヒロ

ヒロ

分からないということ自体が不安になります。
どうしたら良いんだろうって!
なぜなら、ほとんどの人は保守的だからです。
分かっていることだけしたら、楽ですし。

しかし、新しいことを始めないと、自らの新しい環境をつくることはできません。
分からないことに慣れて、かつ、うまく他の何かに聴けるようになれば、、情報をキャッチ出来るようになれば安心するかも。

私なら、知らない環境は興味津々で、逆に楽しいけどなあ!
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ティリル

ティリル

わかることが生存につながってきたからだと思います。
中身が見えない箱に手を入れ続けるより、見えてる箱に手を入れ続ける方がかなり楽でしょう[にこやか]
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ともごん

ともごん

それは暗闇を歩くような気持ちになるからでは
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ベクトル

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私は自分のことって何も分かりませんけど怖いとは思ったことが無いので、この先何するかが不明というのが怖いのだと思いました。
流石に自分が先に何するかは明瞭だと思うので…
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サルコすくすく

サルコすくすく

生存本能じゃない?
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憂い顔の騎士

憂い顔の騎士

私は、特段不安に感じない。
わからなければ、知る努力をするだけだから
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春蕾

春蕾

正体が分からないものって怖いじゃないですか。それと同じだと思います。
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ノゾ

ノゾ

「わかった気」にならないことには意思決定の根拠がなく、これで良いのかと確認することもできない。

わからないと不安になるのではなく、わからないことによる座標の喪失こそが不安の正体。
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comesunday

comesunday

一般に、リスク大きさの期待値が大きい場合よりも、ボラティリティ(振れ幅)が大きい場合の方が、リスクの対処は困難なのだということを、経験的に知っているからでしょう。

空中ブランコは、安全策を講じずに失敗すればほぼ確実に死亡する危険な行為ですが、失敗として発生しうる状況や失敗時にどうなるかの範囲予測は難しくないので、所定の場所に所定の規格に則した安全ネットを設置するなどの対策ができ、リスクの大きさのボラティリティは小さいといえます。

それに対し、何もないのか、落とし穴があるのか、地雷原なのか、危険な生物が潜んでいるのか、全く分からないと知らされている浜辺を歩くことは、対処が決めることができず、得体のしれない恐怖があります。これはリスクの大きさのボラティリティが大きいといえます。

より実体験的な例として、ジョブ型雇用で責任に応じたPay grade(≒給与水準)と職能が明確な海外の会社と、メンバーシップ終身雇用、年功序列で責任範囲が曖昧ながら、均質で行き届いた義務教育のおかげで誰もが何やってもそこそこ優秀な日本企業との、担当者の意思決定における傾向としての違いがあります。

経験的に、日本企業を顧客とするエンタープライズ営業案件では、APACや欧州(経験ないけど多分、北米や中南米も)の企業より、提案に含まれる技術的詳細やコーナーケースを含むリスク要素や対処について、顧客担当者が「腹落ち」する理解ができていないと決裁の上申に進まないことが多かったです。

社内での担当者の責任範囲が曖昧だと、裁量や個別対応のきめ細やかさ、柔軟性において有利な反面、意思決定に伴う担当者個人の責任リスクのボラティリティが大きくなり、自分で決めることに不安を感じやすいのだと思います。
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ラズー

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興味があるからです。
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