『間違えること』は恥ずかしいことか。答えにたどり着くためのプロセスとして必然か。 貴方はどう考える?
note:
一般教育だと、『問』題を解いて、正『解』することが是とされるので、これが思考の基礎モードや価値観になりやすい。
正誤ではなく、自分の思考が一方的に評価されない『知的安全』が思考場には必要なのではないか。

あらた
勿論、考えた上での間違いですよ!笑
折角間違えたのですから、これを恥じるなんて勿体無いです。嬉しくすらあります。
プライドが邪魔をして間違いを認められないことこそを真に恥じるべきことだと私は思います。

mon

レタス
答えに辿り着くまで伸ばしたプロセスとしても必須でもないから間違えない方がいい
まあそんなことできる人はいないから
恥ずかしいけどみんな通る道

ゆーき
学生でも社会でも間違えない人が評価されるので恥ずかしく思わせられる環境の中で生きている。
大人になって自分のやりたいことをやっていると間違える事で得ることの大切さもわかるのでネガティブに考えなくなりました。

Leaves
人は間違えて、何がいけなかったか復習して次のステップへ繋がると私は思います。
恥ずかしいと思う事も間違いでは無いと思います。他人と比べ他の人は出来てるのに…どうして気付かなかったのか?とその思考も次へのステップなのでは無いでしょうか?

Lily

キノ
何やっても成功する人って、存在しないと思います

えるえふ(↵)
トライアンドエラー上等、CPDA・KPTウェルカム、な精神ですかね。
たどり着いた「答え」にしても「【正】解」のときもあれば「【誤】解」のときもあるわけで、(なんらかのゴールが見えているなら尚更)プロセスとして試行錯誤するのは当然のことかと。

🎮💧

りょうた
失敗して学べる事もある
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