他人を理解することは本当に可能なのでしょうか?

とんじる
だから思いやれる

ゴン太

メティ
あいつはこういうやつだとか、まるまる人はこういうやつらだと決めつけ、余白を塗りつぶす行為によって他者の他者性は失われる。
それでもなお、どうせ分からないからと開き直らず、理解しようと務めるのが大事かしら。

キノ
南海之帝為儵、北海之帝為忽、中央之帝為渾沌。儵与忽、時相与遇於渾沌之地。渾沌待之甚善。儵与忽諜報渾沌之徳曰、人皆有七竅、以視聴食息。此独無有。嘗試鑿之。日鑿一竅、七日而渾沌。
簡単に要約すると、親切にしてくれた渾沌に恩返しをしようとして、顔のない渾沌に穴をあけてあげたわけです。
7つの穴を開け終えたところ、渾沌は死んでしまいました。
この外からわかるように、渾沌=他者を完全に理解できるわけではありません。善意の親切が、かえって相手に不利益をもたらしてしまう。
また、哲学者にレヴィナスという人がいます。
彼は顔述べました。この顔は、物理的なものではありません。
レヴィナスによれば、他者の「顔」とは理解可能な対象ではない。
むしろ他者は本質的に理解しきれない存在であり、その無限性が私に倫理的責任を要求する。
したがって、他者を完全に理解することはできない。
以上のように、他者を完全に理解できないと主張する哲学者は少なくないです。
ヴィトゲンシュタインも、私的言語論において、他者の感覚を完全に共有することはできないことを指摘しています。
つまり、他者は完全には理解できない存在である。しかし、その理解不可能性を理由に他者との関係を断つのではなく、むしろ対話を通じて互いに理解しようとする姿勢が重要なのではないだろうか。と思います。

ラズー
他人が理解されてないと思っていても自分の気持ちが満足していればいい。
理解しようより語り合おうが大事。

憂い顔の騎士
唯一認識できるのは、自己であり、他人を認識することはないからである

よっちゃん
楓
生き物思考は複雑で、表面的な理解は出来ても根本は理解できない。
遺伝子レベルで全く一緒で、同じ人生を歩み同じ人間と関わり、同じ選択をし続けた相手が存在しない限り全てを理解するのは、無理だと思います。
麦滝陽平(二代目

凪
できるかもしれんけど、全部は絶対無理
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