本当に理解したなら小学生に説明できる?

はち
私はそれは厳しいのではないかと思う。もちろん、簡単な概念のみで形成された物事の理解や、物事を平易にして難解な部分を省略して分かりやすい形での理解をしてもらうことは可能だ。しかし、それは果たして本当に小学生がその物事を理解したことになるのだろうか。難解な物事は積み重ねであることが多い。ピラミッド構造の頂上を理解するのには、下の段から徐々に理解を積み上げなければならない。算数の知識のみで数学の難解な問題を本当の意味で理解できるのか?否、できない。母国語ですらままならないのに外国語を理解できるのか?否、できない。本当に理解した者だとしても、小学生にその物事を本当の意味で理解してもらうのはその物事が難解で複雑なほどできない。その物事の理解までに積み重ねなければならない別の物事の理解が多くあるからである。

風の音
簡単な例では、バイクに乗ったことの無い大人や過去に怖い体験をして怖い乗り物とインプットしている相手に「バイクの楽しさ」を説明しても、真に理解できません[にこやか]

コパ🔍
意味を解き
意味を説けること

コーユー
私は、必ずしも「説明できる」とは限らないと思っています。
なぜなら、理解は説明する側だけでなく「受け手の理解力」にも左右されるからです。
極端な話、猫や赤ちゃんにどれだけ丁寧に説明しても伝わりません。これは説明が悪いのではなく、受け手の言語能力や理解力の問題です。
また、理解は「ある・ない」ではなくグラデーションだと思っています。
言葉を知っているだけの段階もあれば、説明できる、判断に使える、応用できる…と段階があります。
さらに、経験がないと理解しにくいこともあります。例えば「二日酔い」。小学生はお酒を飲んだ経験がないので、状態は想像できても本当の意味で理解したと言えるかは微妙です。
私は「言葉を理解する」とは、その言葉が指す概念を認知できていることだと思っています。
そう考えると、小学生に限らず、大人でも説明だけでは理解しきれないことはあるのではないでしょうか?

ナトル

II

白旗
私科学の説明で手加減なしで説明するので

ぬらぺっちょ
それに説明は相手が理解する能力が必要。
発達段階でまだ獲得してない能力に説明しても無理。
算数をニワトリに説明してもニワトリは理解出来ない、そもそもニワトリは人間の言語を理解する能力を持ってない。

