人生の意味は最初から存在しているのか、 それとも人間が後から作っているだけなのでしょうか。

こうへい
概念的に漠然とぼやけていて、輪郭があるのかどうかも分からない。
だけど、人生の意味を考えることは無駄では無いと思います。

さん

an
まず整理したいのは、ここで問われている人生の意味とは、「誰にとっての意味なのか」ということです。私の人生を生きているのは、もちろん私です。しかし同時に、私の人生には多くの人が関わります。親、兄弟姉妹、友達、先生、同僚、あるいはただ道ですれ違っただけの人。そのような多くの人、無限の存在者たちとの絡み合いの中で、私の人生は出来上がってます。ゆえに、この問いに「私という視点のみに立って答えることはできません」。答えは、多視点的でなければなりません。もっといえば、「私の人生は私だけのものではない」のです。
次に「人生」という言葉の意味についてです。私の人生という言葉は、どこからどこまでを指すのでしょうか。私が生まれた時をはじめとするのでしょうか。しかし私を構成する属性(日本人であること、あるいは人間という種であること)は、私の人生に先立ちます。人生の終わりは、私が死んだ時でしょうか?いや、私が生きている中で生み出したなにかは、私が死んでもなお存続します。私の人生は、私の生や死により閉じられるものではありません。もっといえば、「私の人生はこの世界の始まりから終わりまでと重なる」のではないでしょうか。
複数の人生の絡み合いと、時間的に私の人生と重なるわけではないこと。これらのことを踏まえると、「人生の意味」とはなにかという問いは、私の人生についての問いでも、あるいはあなたの人生についての問いでもたりません。むしろ、「私とあなたを包み込む世界の始まりから終わるまでの意味」を問うているのではないでしょうか。そのような捉え方においては、「人生の意味」についての答えは、この世に一つしかなく複数存在し得ないこと。まただからこそその答えが存在しているなら、それは「この世界に最初からただ一つ存在しているもの」ではないのでしょうか。

アーティファクト
意味が無きゃ生きていられない人がそういう事を小難しく考え出すだけ。
わたくしのことですね。

3210
着物男子(🚬
しかし近代になり、市民社会が成立して、全ての人間に消極的自由(誰からも命令されない自由)が付与される 例え建前であってもだ その社会になって初めて人は自分自身で目的と意味を構築しなければいけなくなったのだ だから前近代と近現代で答えは正反対になる
ちなみに人間が人間になる前の時代はもしかしたら目的も意味もなかったかもしれない そう考えると
人生に意味はない→予め意味は決められている→意味は自分で決める
に推移している もしかしたらこのまま進めば、意味がないに先祖帰りするかもしれない いやすでに始まっているのかも
みずがめ座の人
私は人生は「死ぬ為に生きている」くらいにしか思っていないかも。
どうせ死ぬんだから、生きている間は楽しく過ごしたいなと思って。
私の「楽しい」って何かな?って考えて。
私は「上品に格好良く」なる事と「自分が今より成長する」事が楽しいから、それに付随することが人生の意味なんじゃないかしら。

かざ
終わってからは最初から
だと思う

tolemy
僕は人間を現象というか物質の相互作用だと思っているから。
また、人間は人生の意味なんて考えなくても生きていけるので、不要な物は仮定しないようにしてる。

しょうゆ
少なくとも私は人生に意味はないと感じてしまいます。皆が結局は死にますし。ただ、その死ぬ前に人間はなんかしらの目標を作り、それを人生の意味にしてるんじゃないですかね?
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