「自由」が重しになるときとは、どんなとき?

よん
自由には責任がついてきます。

ひかる
近代、中世以前、人は職選びにおいて自由が無かったそうだ。だけど、実は幸福度が高かったとも言われている。選択肢が絞られている方が集中できるということもあるだろう。
選択とか自由と、それに伴う責任というものが、人類にとって新しすぎて、まだフィットしてないのではないかな。

ラビ
マニュアルどうりにいかないと分かったとき、自分が新しく考えて、それを実行するのは楽しいけど自己責任が伴うのもあって不安も感じるから

夜の魚
自分が自由を振りかざし、それを行使した際に他者に不利益を被らせるとするとき、それは相手の自由を奪うことになる。

しゃるる
社会では、裁量が多い立場であるほど、その分負うべき責任も増えます。
車の運転では、簡単にスピードが出て行きたい場所へ行ける「自由」を得ますが、殺傷能力を有している責任も負うことになります。
また、責任リスクを避けるために「自由」を得ることを放棄することも自由であり、放棄した結果「自由」を得られなかったことによる代償もまた自己責任となります。

むかで
「何で生きてんの?」って言われてる様で。。
「え?駄目なの?」
「じゃあ、アナタは?」みたいなw
ちなみにこの質問も含まれますw

🎮ともしゃん 🌱(ゲーム好き)
選択できることの優位性を大切にしないといけない。
「迷う自由」よりも「詰まない自由」を優先する生き方の方が楽でいい

サト
それよりも「人生の岐路に立たされる」「トリアージ」「責任を伴う場合場合」
主に「取り返しの付かない選択」に起因する場合が多い気がする

nagi
自由の定義→そう問えること
この名言がすき

あたりめ
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