「自由」が重しになるときとは、どんなとき?

BEVEL(べヴェル

月の熊
逃げず、迷わず、後悔せず…その様な者のみ自由を満喫出来ます❣️

みちえ
自由が重いと感じられるのは、
ちゃんと真剣に生きようとしている証拠でもある。
自由を…
「全部自分で背負わなきゃ」からくるもの

風の音
お金がなくても、ただ好きなだけ寝たりタイミーでお金を稼ぎにいったり…と、そういったアイデアは浮かぶので、自由はあるだけ嬉しいです。
ただ、かつて特殊な選択の「自由」を強いられたときは重しになり、今も心に引っ掛かっています。
認知症の母がもともと膠原病という難病で、入院先で日に日に衰弱するのが目に見えていました。
ある日、医師から余命宣告を受け、「延命措置を選んでください」と迫られたのです。
認知症のため本人の意識はあるけど延命の意思を伝えることができません。なので、身内である俺が決めてください、と言うのです。
正直、それまでに父の介護もありほぼ財産が失くなった時期でしたので「延命しなければ楽になる」という考えも浮かびました。
・自分の息子とも認知できない母に、延命せずに花が枯れていくのを見るべきか?
・最後までやれることをやって見送るか?
この選択をするのは俺の自由でしたが、自由を重しに感じたのはこのくらいしか思い付きません。
俺にとっては、選択により責任が重くのしかかる自由がお題に該当するのだと思います。

パン

憂い顔の騎士

オタクネキ🐿️🦭

ナトル

こうた

Lizy
例えば会社のプロジェクトの一つを自由采配できるときなど、自分の選択で他人の実績まで左右するときは重くなるのではないでしょうか。
自由と責任は表裏一体で切り離せないですからね。
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