存在しない可能性を、本当に排除できるか

サム

キラ・ヤマト

カツミン
ソマチッド

EuRi
「証拠の不在は、不在の証拠にはなりえない」
と言っていた。
本当にその通りだと思っていて、例えば、ヴィーガンなどの思想の基礎にある痛覚原理は「痛覚があるかどうか」によって食す物の選別をする。
しかしながら、植物に痛覚がない証拠は見つかっていない。
個人的にヴィーガンが思想として成立していないなと感じるのはこの辺り。(優しさは評価されるべき)
話題に合ってるかな?これ

男60GTアゲイン!

コウスケ
ある証明できない出来事の証拠探し
可も不可も相反する背中合わせだね!
この世は表があれば裏もあるよね⁈

サト
A地点からB地点まで30分で行けるか?
全ルート最速の移動手段で間に合わないなら確定
霊は存在するか?
これの完全否定は難しい
物理学的にはほぼ0は0でいいんだけど
事象としては可能性として存在しうるよね
凪
ちょっと矛盾した言葉だな
存在しないモノに可能性はない
言い方を変えよう
自分の部屋から人骨があがる可能性はあるか?
ないだろ🙄一般的に考えてな
無いモノを消すことはできない
…
あれ?これってさ
危険予知的な話だったりするのだろうか
発生するかもしれない可能性を本当に排除できるのか?ともくみとれる
工場内や病院。施設。道路。職場。生活している家
家の中の階段やキッチン。ソファーの下に潜むがびょう。あらゆる場所に危険は潜んでいる
それは明らかに生命を脅やかすモノ達
人為的なモノも含めると無数に存在する
それからを本当に排除できるのか?
無理だ…出来ない…
人がどれだけの時間をかけようと埋めるには足りない[目が回る]
どこに行っても何をしてもその危険はついてくるし新しく産まれ落ち続ける終わりない課題
まるで騙し絵の階段だ

