問い続けることは、答えを出さないままでいることの正当化になり得るか?
迷い続けることは思考の深化か、それとも決断の回避か。答えを出さずにいることは誠実なのか、それとも逃げなのか。

並行次元

そう
言い訳は無限。

若
『禅』の考えと同じく、その時その時の、時代や状況に応じての答えを出してゆくことが肝心であり、それがベストとせず、よりベターに、更にベターな答えを求めていく事が、『問い続ける』ことの意義であり、真っ当な形ではないかと思います。
( ˘ω˘ ) ウム…

りん

INFJ
ただ心の成長度合いやその人のライフステージによって視点が変わり、答えの深さや色合いに変化がある。
問い続けて答えが変わらないというのは成長していないか、自分に対して本当に問うていない可能性あり。

むかで
「死とは何なのか?」という問いは皆んな抱えながら死にます。それは逃げでも何でもなく、どう生きるか?の根源的な動機だと思います。

ゆい
ただどこかで決断を迫られる事があって答えを出さなければいけない場面がある
正当化は出来るかも知れないけど答えを出さない、無解答という決断を下す事になって後の人生に影響が及ぶかも知れない事もある

ぬるぽ

しー

里志
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