『贈与的な愛』と『双方向の愛』。愛の本質ってどっちだろう?

山田
双方向の愛は贈与が偶然同期した状態。

メティ
ソマチッド
しかし愛に定義はないのかもしれない

SUZUME
『必ずしも人とは限らない
自分以外のもの』から
受け継いだもの、模範としたもの、
自分がそれを
必要な愛だと認識したもの、
愛なのかを確認したいもの等を
『愛の行動』と意識して行動に移し、
その継続、積み重ねにより
『自然体な生活の一部として調和し、
身体に当たり前の
自然な行動として浸透したもの』である
と考えます、
ですので、
与える与えられると
意識して行動しているものは
『愛に到達する手前の
意識内の行動プロセス』なのです。

憂い顔の騎士
人の間の愛→双方向の愛

メティ

むかで
これは、カトリックとプロテスタントに着想を得た質問かなと推察しますw
愛は色々な所で使われます。そこで考えられるのは、範囲や領域、レベルや次元がある事です。
要は、ベッドで語る愛と教会で語る愛の違いですw
そこで今回の質問がどの程度の愛の事を言っているのか?という事ですが、、さらに本質となると。。
本質はもっと上の次元にあると考えられるし、全ての領域に作用しているとも考えられます。
私的な結論として。。
愛の本質を絶対的な存在の肯定。として考えますと、、
「どっちでもいい」が出ましたw

風の音
いわば一方通行(お題の言い方でいえば贈与)同士の方向が向き合っている状態であって、本質は自分から対象への気持ちです。

仁
そして、何故『恋』ではなく『愛』なのか、よくわからない。そういう人間にとって、相手を思うことを『恋』と呼びこの場合贈与的とするなら、互いに恋い慕うことを表す言葉が旧来の日本語に思いつかない以上、それを愛と表現しても違和感はないように感じる。

ナトル
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