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言語化されない「認識」はあり得るか?

痛いは感覚、不安は感情。これらは「認識」ではないと思うのですが、どうでしょう。
KINO KO

KINO KO

定義により言語化されると認識として扱われるということです
でも認識は対象を捉えている状態と言われます
言語化できない認識は多数存在するはずです
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タケトヨジギー

タケトヨジギー

「無」も「無」として認識してるから「有」ということに私の中でなってる前提として、言語化されない認識は無いと考えてる。逆に認識されていないものの正体を名付ける方法が無いけど、あくまでそれが私の限界なだけなんだよねぇ。私の限界値。つまりヒトによるんだと思う
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AskA

AskA

有り得る
ただ、痛いという感覚は感覚器官で認識していると考えるし、不安という感情も扁桃体で認識していると考えるから、これらも認識となるのではないかと考える
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のい

のい

顕在意識上での認識 でよろしいです?

だとしなくても、この世の発明というのは数学分野はさておき必ず非言語概念の認識から始まり、これの言語化を必ず経由した上で物質化(発明)に至るので、
非言語概念の直接認識なくして発明はない

といったかんじで
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りーと

りーと

ありえないと思う
言語化されない「認識」...ほんとに正しく物事を見分けることが出来る?判断し把握する事ができる?って分からないよね、自分の主観になっちゃうもんね
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シフ

シフ

当たり前。
でなければ赤ん坊がどうやって物事を認識するんだ。
というか、『言語化するのに認識が必要』です。
腹減ったいう言語があって認識するんじゃない、腹減ったという肉体のシグナルを認識してそれを空腹と言語化することで『明確化』しているだけ。
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豆腐の人生

豆腐の人生

暗黙知というのはあると思います
暗黙知を形式知に変換する作業は大切なことではあると思います
哲学は、その試みでもあると思っておりますが、文学はメタファーでそれを成し、科学は数値によって証明する行為なのだと思います
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はる

はる

人の顔は認識できるけど、その情報を他人に言葉で伝えられない
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白鴉🐦‍⬛

白鴉🐦‍⬛

言語化できない何かを抱えてる時点で認識してると思う
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Jaco_ten

Jaco_ten

言語よりも視角の方が人間は認識力が高い。視角に入った時点で認識される。何者かの理解はしないが認識はされる
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